「わたしは、釜石が好きだ」釜石鵜住居スタジアムのキックオフ宣言を読み上げ、感動を呼んだ16歳の釜石高2年生、洞口留伊さんの7年半、そして2019への思い | ラグビージャパン365

「わたしは、釜石が好きだ」釜石鵜住居スタジアムのキックオフ宣言を読み上げ、感動を呼んだ16歳の釜石高2年生、洞口留伊さんの7年半、そして2019への思い

2018/08/24

文●大友信彦


2018年8月19日、釜石鵜住居復興スタジアムのオープニングメモリアルDAY。快晴だけど暑くはない、天に祝福された素晴らしい天候のもと、行われたのは釜石シーウェイブスとヤマハ発動機のメインゲームだけでなく、中学生の記念試合、新日鐵釜石OBと神戸製鋼OBのレジェンドマッチ、平原綾香さんと釜石東中生徒たちによる「いつかこの海を越えて」合唱、エグザイルのメンバーと地元・釜石東中はじめ東北各地の中学生たちによるダンスパフォーマンス……たくさんのイベントが続いた。

平原綾香さんと釜石東中生徒たちによる「いつかこの海を越えて」合唱

平原綾香さんと釜石東中生徒たちによる「いつかこの海を越えて」合唱

 

だが、この日、最も心を揺さぶられたのは、この少女のスピーチだったという方が多かったのではないだろうか。

「わたしは、釜石が好きだ」という一言で始まった、釜石高校2年生、洞口留伊さんのスピーチである。



留伊さんは、この日開場した、釜石鵜住居スタジアムが建っている場所にあった鵜住居小学校の卒業生だ。

被災したのは小学3年生の時だった。算数の授業が終わる頃だったという。校庭に避難し、避難所に指定されている介護施設へ走り、そこも危ないということでもっと上へと走り、隣の両石との境になる恋の峠への急坂をよじ登って助かった。鵜住居小学校の校舎は4階まで津波に飲まれ、隣接する釜石東中学校の校舎とともに全壊した。
留伊さんの自宅は鵜住居駅に近いところにあったが、すべて流された。3歳下の弟と母とは間もなく会えた。通りかかったトラックに乗せてもらい、避難所となっていた釜石市内の中学校の体育館に身を寄せた。父にも会えた。家族は奇跡的に無事だった。

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