「釜石はラグビーワールドカップを象徴する場所」-ワールドラグビー、ピチョット副会長に訊く | ラグビージャパン365

「釜石はラグビーワールドカップを象徴する場所」-ワールドラグビー、ピチョット副会長に訊く

2019/11/10

文●大友信彦


ワールドカップ決勝が行われた翌日、都内のホテルで「ワールドラグビーアワード2019」が開かれた。

世界のラグビーのその年の「最高」を表彰する、とても高い格式を持つアワード。そこでは、ラグビー界のVIPたち、2020年代の世界のラグビーを動かすキーマンと呼ばれる人たちがが次々と現れた。

その中に、40代前半という異例の若さでワールドラグビー副会長の要職についた、元アルゼンチン代表主将、アグスティン・ピチョットもいた。

ミックスゾーンに現れたピチョットに聞く。日本のワールドカップを見届けて、どんな印象をお持ちですか?その質問を聞いたピチョットは、答える前に記者に体をぶつけてきた。記者とピチョットは1999年からのつきあい、もはや旧友なのだ。


「よく知ってる顔がいるとホッとするよ」
そう言ってから、ピチョットは話し始めた。
「本当に、このワールドカップは言葉に出来ないくらい素晴らしい。今日ここに来る前にもちょうどツイートしたところなんだ」

ピチョットのツイートとは、以下のような内容だった。

「なんというワールドカップだ!日本よ、ワールドカップを、これほどまでに特別なものにしてくれてありがとう。ボランティアはみな素晴らしく、誰もが魔法使いのように人々を笑顔にしてくれた。それは我々にとって最も重要な部分であるプレイヤーにとっても同じだった。あなたがたの誠意と情熱に、そして世界中の若い世代に気付きを与えてくれたことに感謝します」


「そして新興国のみなさんへ(ティア2という呼び名は良くない)。みなさんに課せられてきた不利な条件(ゲーム間隔や助成金の格差是正)を軽減化してきた作業は素晴らしいと思う。我々は、よりバランスの取れた公平な未来を実現するよう努力を続けます」

「地震も台風もラグビーワールドカップを開くという人々の気持ちを止めることはできなかった」

「そして最後に、このRWCを楽しんでいるすべてのファンのみなさんへ。これからも週末は、この素晴らしく魅力的なスポーツを楽しみ続けましょう。私たちには素晴らしいゲームがある。それを『世界中で』より大きくするために努力を続けましょう」


そしてピチョットは、自ら「釜石」について語り始めた。

「特に印象深いのは釜石会場だ。震災を乗り越えてワールドカップを開催した釜石は、ラグビーワールドカップを象徴する場所だったと思う。ラグビーワールドカップの持つ溢れる愛情を示してくれた。

南アフリカの優勝も素晴らしく感動的なことだったが、釜石会場での大会開催は、それと同じくらいに私たちにラグビーの持つ力、愛を与えてくれたと思う。

地震も台風も、ラグビーワールドカップを開くという人々の気持ちを止めることはできなかった。本当に素晴らしいワールドカップだった。この大会を実現してくれた日本のみなさんに心から敬意を表します。本当に素晴らしかった」



ピチョット副会長は、釜石会場で行われたフィジー対ウルグアイの試合を、大会名誉総裁である秋篠宮皇嗣殿下妃殿下と並んで観戦した。その試合で、全国から、世界からの観客を迎えるボランティアたちの笑顔は素晴らしかった。そして地元の全小中学校から集まった2200人の小中学生の歌声。ピチョットの感激は大げさではないと、当日現場にいた記者は理解できる(そもそもピチョットは情熱の国アルゼンチンの元キャプテンであり、現役時代から情熱ほとばしるプレーで知られていた)。

だが、釜石で予定されていたもう1試合、ナミビア対カナダの試合は残念ながら中止されてしまった。日本列島を縦断した台風19号の直撃を受けたからだ。

その無念な出来事は、新たな絆を作った。試合が中止になったカナダ代表の選手たちは、率先して台風による洪水に襲われた地区に出向き、土砂除去などのボランティア作業を買って出たのだ。

「カナダ代表の選手たちは、私たちがラグビー選手である以前に人間としてやらなければいけないことを率先してやってくれた。素晴らしいことだ」


釜石でのボランティア作業をねぎらい開かれた交流会の会場では「今回出来なかったカナダとナミビアの試合を、ぜひ釜石で実現したいですね」という声があがったという。

「それは素晴らしいアイデアだと思う。ワールドラグビーとしても、できるだけのことをサポートしたい」

ピチョット副会長は、ワールドラグビー改革派の旗手として知られている。旧IRB(国際ラグビー評議会)オリジナルメンバーではないアルゼンチンの出身でありながら、かつ40代の若さで副会長の要職に就いたことでも、その異例さが分かる。そのピチョットは、日本がザ・ラグビーチャンピオンシップ(南半球4カ国対抗)へ加わるべきだと発言している。

2007年ワールドカップでのピチョット

2007年ワールドカップでのピチョット

「それは2016年に僕が言ったことですが、今もその思いは変わりません。むしろ強くなっている。日本でワールドカップが開かれたから言っているわけではない。私はアルゼンチンの出身です。アルゼンチンは以前は弱小国といわれていたけれど、今は世界のトップを争うところまで行った。今、日本がそこに続こうとしている。強くなろうとしている、強くなれる要素を持っている国にはパスウェイ(上がっていく道筋)があるべきだ。現在ティア2と呼ばれている国々、ウルグアイやジョージアやルーマニア、アジアで言えば香港などが強くなっていく可能性を考えなければいけない。それらの国が階段を上がっていくことを助けたい。無論難しいことだけれど、それは日本が見せてくれたことです。次の問題はその持続可能性です。たとえば日本が、そのために何らかの措置を必要としているのであれば、ワールドラグビーはそれを考えなければいけない」

ピチョットは、世界ラグビーのカレンダーを大きく改編する「ネーションズチャンピオンシップ」導入を推進したことでも知られる。この構想は、伝統の欧州6カ国対抗に入替戦システム導入を迫ること、太平洋のアイランダー勢が当初除外されたことによる反発などもあり、導入がいったんは見送られた。


「簡単なことじゃないよね」ピチョットはそう言って笑ってから、持論を語り始めた。


「僕としては、トップ12チームに入っていくべきチームが、毎年自分たちの力を試すチャンスがあるべきだと思っている。アルゼンチンは2007年のワールドカップで初めて4強に入ることができた。だけどそのためには2003年から4年も待たなきゃいけなかった。日本は今回初めて8強に入ることができた。じゃあ次にチャレンジできるのはいつだ? 現状では下位の国が世界で活躍できるチャンスが4年に1回しかない。待つ時間が長すぎる。この状態では持続可能性を持つのは難しい」

2007年、再びピチョットに率いられたプーマスは、開幕戦でホスト国フランスを破る金星で大会に乗り込み、プール戦を1位で通過すると準々決勝も突破、4強に進み、準決勝では優勝した南アに敗れたもののプレーオフではフランスを再び破り3位に上り詰めた。

その大会では、ワールドカップ出場国を16に縮小する案が取りざたされていた。2011年大会を開催するNZが人口400万人の小国で、大きなスタジアムが少ないことを考慮した声と言われた。だがピチョットは理想論を捨てなかった。

「ラグビーワールドカップは世界の予選を勝ち抜いた20の素晴らしいチームがトップ8を目指して戦うところに価値があるんだ。ワールドカップが12や16の限られたチームだけで行われるようになったら、それはラグビーの死だ」

自分たちの利益だけではない機会均等、フェアネスをピチョットは訴え続けた。実利を最優先させながらも理想論には弱いIRB/ワールドラグビーの幹部は、それを退ける言葉を持っていなかった。
今回も、その構図の延長戦にあると言って良い。無論、ピチョット自身、理想論ですべて押し切れるとは思っていない。

「シックスネーションズの立場も理解しています。素晴らしいスポーツイベントだし、商業的にも成功している。彼らの立場も尊重しながら、他の国にもチャンスを与えていくにはどうすればいいかを考えて行きたい。そのアプローチは簡単なことではありません。でも、その努力をやめるときは、私がこのポジションを去るときです。私がここにいる以上、その道を考え続けます」

その信念は、ワールドカップ開催についても当てはまる。

「これまで開催されたことのない場所で大会を開くには、リスクがつきまとう。日本開催について、2年前は誰もが『本当に出来るのか?』と心配していた、だけど今日は、みんな『最高の大会だった』と喜んでいる。人生にリスクはつきものだ。今回は、日本がそのリスクを克服して、ワールドラグビーに対して将来像を示してくれたんだ。じゃあ、次はどこの国が続くのか。もちろん簡単なことじゃない。南米は、アルゼンチンもチリもブラジルもエクアドルも、政治が安定していない。20年先を考えるのは正直難しいな。でも北米は安定しているから、そこと組むことはありうるかもしれないな……」


新興国の旗手ピチョットは、ワールドラグビー副会長の要職についても、まるで変わっていなかった。

大友信彦
(おおとものぶひこ)

1962年宮城県気仙沼市生まれ。気仙沼高校から早稲田大学第二文学部卒業。1985年からフリーランスのスポーツライターとして『Sports Graphic Number』(文藝春秋)で活動。’87年からは東京中日スポーツのラグビー記事も担当し、ラグビーマガジンなどにも執筆。

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