チャレンジャー2021 林大成「さすらいのラガーマン」の新プロジェクト 「らぐびーくえすと」流選手の収録現場を密着取材レポ | ラグビージャパン365

チャレンジャー2021 林大成「さすらいのラガーマン」の新プロジェクト 「らぐびーくえすと」流選手の収録現場を密着取材レポ

2021/09/14

文●大友信彦


9月某日。首都圏某所。
7人制日本代表の「さすらいのラガーマン」こと林大成選手が主宰する「らぐびーくえすと」の動画収録が行われていた。

らぐびーくえすと、直訳すれば、ラグビー探求・追求。
林選手は、ラグビーのスキルを追求していく中で、それまで感覚でやってきたことを言語化したり、新たなスキルの指導を受けたりする経験を通じて得た様々な「気付き」を、自分や身近な人だけで持っているのはもったいない、もっとオープンにシェアしようと考えたという。東海大仰星、東海大で主将を務め、トップリーグのキヤノンでも1年目から公式戦に出場。その後、セブンズ専任選手として世界を相手に戦ってきた林選手にとっても、知らなかったスキルや新たな発見がたくさんあった。ということは「もっと情報に飢えている人は多いだろう」と考えた。

トップ選手から、トップレベルで戦うスキルを教えていただき、全国にたくさんいるに違いない、具体的な指導に飢えている若い選手たちに届けよう、シェアしよう。それを親しい選手に相談すると、何人もの選手が二つ返事で引き受けてくれた。
そして始まったのがYoutubeのチャンネル「らぐびーくえすと」だ。

Youtube「らぐびーくえすと」はフリーアクセスだ。受講料などは存在しない。
すでに公開されたYoutubeでは、垣永真之介選手がスクラムを、山下楽平選手がハイボールキャッチを、木村貴大選手がパスを……トップ選手たちが、それぞれ、どのスキルをどんなときに出しているのか、自分は何を考えてそのスキルを身につけたのかを説明している。トップリーグで、日本代表で、サンウルブズで、海外で……トップレベルで活躍し続ける選手が、自身の技術を惜しみなく公開している。

この日「講師」としてきていたのは、日本代表SHの流大選手だった。
撮影場所にいるのは林選手と流選手と、東海大で林選手と同期だった撮影係の小倉智博さん、3人だけだ。場所を明かすのは控えるが、休日のどこにでもあるグラウンドというか広場というか原っぱ。ほかのスポーツを楽しむ子どもたちも親子連れも行き交う。そんな場所で、日本のトッププレイヤーが、自分の培ってきた技術を隠し事せずに明かしている。

ここで明かされたスキルは、流選手の武器であるキックについて。どんな場面でどんな質のキックを蹴ろうとしているのか。周りの選手とはどのようにコミュニケーションを取っているのか。キックの精度についてはどのくらいのノルマを自己設定しているのか。詳しい情報は「らぐびーくえすと」のYoutube公開にお任せするが、聞いていて「なるほど」と思ったのは、どんなバックグラウンドがあってその技術を身につけようと思ったのか、という自分史的なストーリーを聞けたことだ。

日本だけではないかもしれないが、「教本」は一般的なスキルを教えることがほとんどだ。「一般的にこれが正しい」というスキルやセオリーは確かに存在するが、それを「正解」として提示すると、教わる側は「なぜそれが正しいのか?」を考えなくなりがちだ。だが流選手は、そして後述するが、らぐびーくえすとに登場する講師たちの多くは「なぜ」「どうすれば」を考えて自分のスキルを磨き、トップレベルに到達してきた。だから「こういうシチュエーションではどうしたらいいかを考えてきた」という「自分史」を伝えられる。
「これが唯一の正解ということじゃないよ」と伝えることで、映像を見る人に、「あなたも考えてみてよ」と求めている。

収録を終えた流選手に、この企画に参加した思いを聞いた。流選手は答えた。
「クリニックとか、けっこう企画があったんですけど、コロナでほとんどなくなってしまって。機会がないかなと思っていたところなんです」
選手自身が自分の技術の公開と、多くの人がそれを知ること、次世代の役に立つことを願っている。
流選手は、この日の収録で公開したあるキックについて「練習すれば誰でもできるようになる技術です。僕は100%の精度を求めてない。ラグビーボールのバウンドをそこまでコントロールするのは困難です。実際に狙ったところへいくのは80%くらいかな。でも、キックを追う選手とのコミュニケーションで、僕のキック自体の精度は完璧じゃなくても、キック自体を成功につなげることはできる。帝京大時代は、それで磯田(泰成)や尾崎(晟也)がトライを取りまくりました」と話してくれた。流選手が帝京大で背番号9を着た3シーズンは、同学年のWTB磯田選手が3季連続で対抗戦トライ王に輝いている。2013年度はシーズン18トライを、2014年度は磯田選手と尾崎選手の2人で23トライをあげた。そんなトライ量産を支えたキックの秘訣を、流選手は惜しみなく公開しているのだ。

そして、いまさらかもしれないが「らぐびーくえすと」はYoutubeで無料公開されている。林選手は言う。
「情報格差を埋めたいと思って始めたことですから、アクセスのところで『お金を払えないからアクセスできない』というような人が出てくるようなことにはしたくなかったんです。『こんなキックがあることを教えてもらえた』か『全然知らなかったか』なんて、コーチと出会えたかどうかという『運』じゃないですか。本人の努力とは関係ない。僕は、その『運』を飛び越えたいと思った。本人が探せばたどり着けるところに教材を出したかったんです」
その想いが『らぐびーくえすと』というプロジェクト名に反映されている。「クエスト(quest)」とは「探求」「追求」「冒険」といった意味だ。ラグビーを一緒に探究しよう、トップ選手も探求してきたのだから、というメッセージがそこには込められている。

9月1日、ツイッターで発信されたプロジェクト設立のメッセージにはこう書かれていた。


国内ラグビーの環境格差を埋めるプロジェクトとして、本格的にスタートしていきます! トップ選手やコーチが持っているスキルや知識をシェアすることで、どんな環境やレベルであれラグビーを追求・探求していける学びの場を皆さんとつくっていきたいと思います!
近年日本ラグビー界は代表やトップチーム、またそこに携わることのできるチームや個人のレベルは着実に上がっています。 しかし、その環境でコーチングされているスキルや戦術、情報等はオープンに開示されることがほとんどなく(仕方のないことです) ラグビーを学ぶ環境格差は開いていく一方です。
トップが当たり前としていることも、多くの環境の選手にとっては知らないことの方が当たり前です。 そして出来ないことの中には「知らないからできない」ということが多く存在していて、それぞれの環境でしか学ぶ場がなければ、わからないままプレーしてしまいます。 トップ選手であれ同じです。

本プロジェクトは、まずは自分自身がラグビーを追求・探究する。 どんな環境にいる選手・指導者でもラグビーを学び、疑い、試し、追求・探求する手がかりとなる教材として、ラグビー界に革新的なコンテンツを生み出していく。 そんな想いから【らぐびーくえすと】としました。

林選手は言う。「日本のラグビーって、育成が『部活』に頼り切っている部分が大きいですよね。そこでは、顧問の先生が言ってることとか、練習に来られるOBの人が言ってることが『正解』となってしまいがちです」

林選手は東海大仰星と東海大でともにキャプテンを経験し、トップリーグのキヤノンでプレーしていたが、東京五輪のセブンズで金メダル獲得を自身のキャリアのハイライトにしようと決意し、2017年にキヤノンを退社。セブンズのスペシャリストとして、所属チームも家も持たずに合宿地と遠征地を、トランクひとつで渡り歩く「さすらいのラガーマン」としてメディアにも取り上げられた。

その林選手が力を注いだのが「ステップチャレンジ」だ。所属チームのない林選手は、個人練習の相手を見つけるのが簡単ではない。林選手は、自分の滞在先をSNSで明かしてステップ練習の相手を募り、時には自分から出向いて、いろいろな人と練習して、その映像を公開した。違う競技の選手やコーチ、年齢も性別もバラバラな相手から、たくさんのヒントをもらってステップを磨いてきた。

その過程で痛感したのが、コーチングを得る機会のない人の多さだった。
林選手自身は、セブンズでのキャリアアップを目指すにあたり、自分に必要なステップの技術を磨くために「ステップチャレンジ」を始めた。ラグビー界では、ステップに特化したコーチングメニューは確立されていない。それゆえ手探りで始め、自ら学んだことを、お礼としてSNSでシェアし続けた。その過程で、自分が求めていたステップ以外の分野でも、ニーズがたくさんあることを知った。国内には日本代表やトップリーグのチーム以外でも、多くの優れたコーチが存在する。中でも、京都成章や大体大などのスポットコーチを務めた井上正幸さんのコーチングからは多岐にわたる知識と情報、気づきを得たという。

どんな選手にとっても、自分のチームに関わる人には自ずと限界がある。極端にいえば、監督がバックス出身だったらスクラムのコーチング情報を得るのは難しいだろうし、監督がプロップ出身だったらバックスのポジショニングを教えるのは難しいだろう(もちろん例外はありうる)。それどころか、限られたトップ校を除けば、監督が競技経験のない人だって珍しくないのが実情だ。

そんな選手たち、特に、無限の可能性のある若い世代に、トップ選手のスキル情報をシェアできたら――と林選手は思った。

林選手は、目標にしてきた東京五輪の代表には選ばれなかった。最終セレクションをどう受け止めたのか、東京五輪の戦いをどう思って見ていたか、そこにはいろいろな思いがあったはずだが、すでに先を見ていた。いまも所属チームはない。家も持たない「さすらい」生活を続けている。まだ正式には発表されていないが、9月中にも始動する次のセブンズ日本代表候補にも加わる予定だ。

どれが本業? そんな問いかけも、おそらく無意味だ。林選手にとって、自分がセブンズの代表に選ばれて世界で戦うために技術を磨くこと、ラグビーを探求することと、探求する姿勢を広くシェアして、同じような立場にいる仲間をサポートすることは同義なのだ。

お時間があったら、Youtubeの「らぐびーくえすと」を覗いてみることをおすすめする。チャンネル登録するかしないか、高評価を押すかどうかは、動画を見た上で決めてほしい。




大友信彦
(おおとものぶひこ)

1962年宮城県気仙沼市生まれ。気仙沼高校から早稲田大学第二文学部卒業。1985年からフリーランスのスポーツライターとして『Sports Graphic Number』(文藝春秋)で活動。’87年からは東京中日スポーツのラグビー記事も担当し、ラグビーマガジンなどにも執筆。

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