学生には大学で生き方の ベースを身につけてほしいと思って指導しています。田中澄憲(明治大学ラグビー部監督) | Rugby Japan 365

学生には大学で生き方の ベースを身につけてほしいと思って指導しています。田中澄憲(明治大学ラグビー部監督)

2018/11/29

文●WOWOW


今季の国内ラグビーで最も注目されるチームのひとつが明治大だ。昨季は大学選手権決勝で絶対王者・帝京大に1点差と肉薄。そのチームで参謀役を務め、今季は直接指揮を執るのが田中澄憲監督だ。明大、サントリーで活躍した田中監督だが、自身は高校日本代表でニュージーランドへ、サントリーではオーストラリアへ、そしてセブンズ日本代表では世界各地を訪れて豊富な海外経験を積んできた。大学日本一奪回を目指す明大の指揮官・田中監督が見た世界のラグビーとは。

――田中監督にとって、海外のラグビーはいつ頃から見ていた記憶がありますか?


僕が子どもの頃は、海外のラグビーを見るという環境はなかったですね。最初に外国のラグビーを見た記憶は、宿澤さんが監督をされていた頃の日本代表がワールドカップで戦っていたとき(1991年)です。アイルランド戦で、吉田義人さんがスワーブで相手を抜いて独走した場面はよく覚えています。あと、秩父宮で日本代表がスコットランドに勝った試合がありましたよね(1989年)。あのときは興奮したなあ。あの試合は確か、ビデオになったんですよね。自分で買ってきて、何度も何度も見た記憶があります。


――スーパー12が始まったのは1996年ですから、田中監督はもう明大に入っていましたね。


1996年は大学3年生ですね。その頃はまだ日本で放送されていなくて、ビデオをもらって見た覚えがあります。まだインターネットとかがない時代でしたからね。そういえば、高校ジャパンでニュージーランドへ遠征したときに、向こうの本屋でラグビーのビデオを見つけて、VHSのビデオを買ってきたんですが、帰ってきて家のデッキで見ようとしたら、方式が違っていたらしくて、見られなかった覚えがあります(笑)。残念でした。

――高校ジャパンのニュージーランド遠征は田中監督の初海外だったわけですか。


そうですね。外国へ行くのはまったく初めてでしたから、何もかもが珍しくて、単純に楽しかったですね。そこらじゅうにラグビー場があって試合をしている景色も新鮮で、楽しかった。僕も、中学英語を使って必死にコミュニケーションをとりました(笑)。
試合は大敗でしたね。50何点取られたんじゃないかな。大人と子どもみたいに差があるなと思いました。でも、すごく歓迎してもらえた感覚がありました。町の人たちも歓迎してくれて、フレンドリーに声をかけてくれた記憶があります。


――その後、サントリー時代にはオーストラリアへ留学されたんですよね。


サントリーに入った1年目(1998年)に、サントリーでオーストラリアに遠征して、向こうのクラブと何試合か対戦しました。それから4年目(2001年)に、今度は3ヵ月くらい、ブランビーズに留学しました。エディー・ジョーンズ(現イングランド代表ヘッドコーチ)が指揮を執っていて、プロフェッショナルなチームでしたね。

朝からウェイトトレーニングをして、午前はグラウンドでユニット練習をして、午後はチーム練習というようなスケジュールでした。当時は日本ではまだ導入されていなかった“S&C(ストレングス&コンディショニング)”という考え方もオーストラリアでは始まっていて、ハイクリーンとかの筋力メニューをやってすぐにダッシュしたりしていました。ウェイトルームの真ん中にダッシュ用のタータンが敷いてあったり、新鮮でしたね。僕自身、3ヵ月で体重が5キロくらい増えました。スピードトレーニングも週1、2回はやってましたね。いろんな勉強になった留学でした。

――プロフェッショナル時代を先取りしたような留学生活だったのですね。


でも、昔ながらのラグビーらしさというか、アマチュアっぽい感じもありましたよ。若い選手は本契約じゃなくて、バイトをしている選手も多かったから、チームメイトがバイトしているステーキ屋にみんなで出かけていって安く食べさせてもらったり(笑)。その頃若手だった選手がそのあと何人もワラビーズ(オーストラリア代表)になりました。ラディキ・サモとかデビッド・ビッカーマンとか。ブランビーズにはその頃もうワラビーズの中心選手だったジョージ・グレーガンやスティーブン・ラーカムやスターリング・モートロックやジョー・ロフなんていう選手が揃っていたし、チームの文化がしっかり確立していて、若い選手の手本になっていたなという記憶があります。


――外国のトップ選手という意味では、サントリー時代にも素晴らしい選手たちと一緒にプレーしましたね。


みんな、人間性が素晴らしい選手ばかりでしたね。サントリーにとっては、一番最初に来た外国のトップ選手はアラマ・イエレミアでしたね。練習でもプライベートでもすごく紳士的で、みんなの気持ちを高めてくれる、模範を示してくれる素晴らしい選手でした。その後もジョージ・グレーガンやフーリー・デュプレアなどと接して、世界のトップ選手はみな、人間的にナイスガイなんだな、そうでなきゃダメなんだなと思いました。今だったらダン・カーターも、直接は接していないけど間違いなくそうだと思いますね。


――田中監督自身は、セブンズの日本代表でいろいろな国へ行かれていますね。


セブンズでは、なかなか行く機会のないような国へいろいろ行きました。印象深いのは、やっぱりフィジーかな。セブンズ王国と言われるくらいですから。大会が終わって、帰りの飛行機に乗るときに、空港で働いている地元の人にいきなり『タナカサン』と声をかけられたことがあります。あと、2001年のセブンズワールドカップはアルゼンチンのマルデルプラタというリゾート地で開かれたんですが、そこはものすごく綺麗な場所でしたね。思い出に残っています。

あとは外国チームとの交流ですね。セブンズは各チームが同じホテルに泊まるので、食事も一緒になるし、サーキットで転戦して次の週も一緒になったりするので、すごく仲良くなるんですよ。僕はフィジーの選手と仲良くなった記憶があります。ツアーの最後にはお互いに持ち物を交換するんですが、フィジーの選手はスパッツをあげるとすごく喜んでいた記憶があります。僕はエンブレムがあしらわれたフィジーの正装のアロハみたいなシャツをもらったのを覚えています。楽しかったですね。


大学ラグビーは特別。チームとして日本一を目指すのが明治大

――田中監督は現役引退後、サントリーのマネジメントなどのスタッフを長年勤めて、昨年は明大のヘッドコーチ、そして今年から明大の監督になりました。


大学ラグビーって特別だな、と思いますね。明大ラグビー部自体は日本一を目指しているけれど、部員が100人いればそれぞれ個人的な目標には違いがある。トップの選手にはもっと上を目指そう、日本代表になって世界と戦える選手になろう、海外でプレーしようと考えているのもいるけど、まだそのレベルに達していない選手もいる。4年間ラグビーを続けることが目標になっている選手もいる。ただ、個々の目標に違いがあっても、チームとして日本一を目指すのが明治大学ラグビー部なんですね。その中で、生き方を学ぶんだと思うんです。

大学生の4年間って、自分の価値観が固まってくる時期だと思うんです。自分自身を振り返っても、高校でも社会人でも、教わったことは本当にいっぱいありますが、大学で身につけるのはまたちょっと違う。自分のベースみたいなものを身につける時間だと思うんです。『明治だったらこういかなきゃ』とか『前へ』とか、理屈では説明できない大事なものといえばよいのかな。

一般的に正しいとか、理にかなっているとかっていう尺度はもちろん大切だけど、それとはまた違った、自分がどう生きていきたいのか、という根っこのようなものが身についたと思うんです。明治の学生には、これからトッププレーヤーになって、あるいは社会人になって、大きく羽ばたいていって欲しいけれど、いろいろな理論や新しいコーチングに出会ったとき、それを受け入れるに際して、自分の根っこがしっかりしていないといけない。それを学生時代に作っていってほしいなと思っています。

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田中澄憲(たなか・きよのり)
1975年12月28日生まれ、兵庫県出身。ポジションはスクラムハーフ。報徳学園3年で高校日本代表に選ばれ、明大に進学。大学3年時に大学選手権優勝。4年時は主将を務め、準優勝。卒業後はサントリーに進み、2001-2002年度の日本選手権2連覇、2002-2003年度の社会人大会連覇、2007年度のトップリーグ優勝、2010年度の日本選手権優勝に主力として貢献。サントリーの採用担当、チームディレクターなどを経て2017年度に明大ヘッドコーチ、2018年度監督に就任した。日本代表キャップ3、セブンズ日本代表として2005年ワールドカップ出場。

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