釜石鵜住居復興スタジアム訪問記 「新しいスタジアムを中心に、新しい町で、新しい物語が生まれる」 | Rugby Japan 365

釜石鵜住居復興スタジアム訪問記 「新しいスタジアムを中心に、新しい町で、新しい物語が生まれる」

2018/08/05

文●大友信彦


どんな威容が待っているのだろう?
そんな、怖いもの見たさにも似た思いは杞憂だった。
注意しなければ気づかない、本当に控えめな作り。
それが「釜石鵜住居復興スタジアム」の第一印象だった。

メインスタンド上部から。北東側には鵜住居川の河口水門の向こうに大槌湾が望める

メインスタンド上部から。北東側には鵜住居川の河口水門の向こうに大槌湾が望める

8月3日、岩手県釜石市で、来年のワールドカップに向けて新設された釜石鵜住居復興スタジアムのメディア見学会が行われた。盛岡駅に集合した報道陣を乗せたバスは、東北道から釜石道に入り、仙人峠道路を下り、松倉のグラウンドを横目に走り抜け、釜石駅前を通り過ぎて国道45号線に入った。

津波の爪痕、嵩上げされた道路を抜ける。洞口孝治さんの郷里の両石を抜け、恋の峠を過ぎると、鵜住居だ。そろそろスタジアムが見えてくるころだろう……と思って海側に目を向けるのだが……、なかなかそれらしきものは見えてこない。時折、スタジアムの屋根らしき白い影が覗くのだが、この2年の間にだいぶ建設が進んだ復興住宅などの建てものに遮られ、すぐに姿を隠してしまう。


こんなに、自らの存在を主張しないスタジアムは珍しいな…と思った。

バックスタンド上部からメインスタンドを望む。屋根は中央部を覆うだけだ

バックスタンド上部からメインスタンドを望む。屋根は中央部を覆うだけだ

その印象は、スタジアムに近づくにつれ、より鮮明なものに変わった。正確に言うと、存在を主張しないのではなく、風景に溶け込んでいるのだ。

今回完成したのは、ロッカールームなど関係諸室とメイン、バックの常設スタンド部分だ。客席は6,000席。メインスタンド上部には、スタジアムのデザインモチーフである「翼」と「船出」をイメージした白い帆のような屋根がかかるが、バックスタンドには日除けも風よけもない。

座席には山火事で出た木材が活用された

座席には山火事で出た木材が活用された

来年のワールドカップに向け、メインとバックの両スタンドの背後には各2000、両方のゴール裏には各3000、合計10000席の仮設スタンドが作られるが、現在の姿は、ゴール裏もぽっかりと空いている。その景色が、何ともいえず、心地よい(ワールドカップでは必須となる大型スクリーンも照明も、移動式の仮設で済ませるという。8/19のオープニング試合及びワールドカップでは、300インチ=高さ約4.9m×幅約6.4m=のスクリーンが1基設置されるそうだ)。

「日本一敷居の低いスタジアムに」

昨年7月から建設現場で働いてきた石山次郎さん

昨年7月から建設現場で働いてきた石山次郎さん

背後の森の深い緑色に、白い布を張った屋根が、そしてワールドカップ規格の高さ17mの白いゴールポストが映える。スタジアムが周囲を圧するのではなく、周囲の光景に溶け込んでいるのだ。


「今はこんなに濃い緑ですが、6月のはじめ、新緑の頃のキレイさと言ったら本当にすごかった」


昨年7月からスタジアム建設現場で働いている元新日鐵釜石V7戦士の石山次郎さん(NPO法人スクラム釜石代表)が教えてくれた。なるほどきっとそうだろう。東北の新緑のみごとさは「緑」という言葉では形容しきれない。幾層にもグラデーションが変化し、緑と光が精緻なシンフォニーを奏でる季節のこのスタジアムはどれほど素晴らしいか。想像しただけで頬が緩む。

山側のゴール裏から。緑をバックに白い屋根とポールが映える

山側のゴール裏から。緑をバックに白い屋根とポールが映える

スタジアムの魅力を作っているもうひとつの要素が、高さ17mというワールドカップ規格のゴールポストだ。その美しさを際立たせるのが、ゴール裏の何もない吹き抜けの景色なのだ。

スタジアムを東側(海側)のゴール裏からみた景色がまた素晴らしい。反対側のゴール裏には、北上山地の山々が連なる。手前に、標高461mの御在所山が、実にバランスの取れた山容を見せている。山が、スタジアムを遠くから見守ってくれているようだ。

海側のゴール裏からの眺め。ゴールポストの向こうに北上山地の御在所山が聳える

海側のゴール裏からの眺め。ゴールポストの向こうに北上山地の御在所山が聳える

ワールドカップなどで、世界中のいろんなスタジアムを見てきたが、これほど風景に溶け込んだスタジアムは他に見たことがない。8月19日のオープニングマッチのチケットを手に入れた幸運な方々は、ぜひ早めに会場入りして、スタジアムをぐるりと回り、すべての方角をチェックしてほしい(そんなに歩くの?という心配は無用だ。当日のローピングなど正確に把握しているわけではないが、これほど一周するのに時間のかからないスタジアムもないと思う)

スタジアム内部の表示板にも地元産の木材が使われた

スタジアム内部の表示板にも地元産の木材が使われた

このスタジアムは、東日本大震災で津波に襲われながら、子供たちが自分たちの判断で高台へ高台へと逃げ、当日登校していた全員が助かったという鵜住居(うのすまい)小、釜石東中が移転した跡地に作られた。その一方で、同じ鵜住居地区にあった防災センターでは、200人を超える人が帰らぬ人となった(そこは防災情報の基地であり、津波の避難場所ではなかったのだ)。多くの子が助かった感動のドラマの地は、釜石市で最も多くの被害を出した悲しみの地でもあった。

メインスタンド最前列には旧国立競技場や東京ドーム、熊本スタジアムから移設された「絆シート」が設置された。

メインスタンド最前列には旧国立競技場や東京ドーム、熊本スタジアムから移設された「絆シート」が設置された。

そこに、スタジアムが建った。
いや、むしろ「フィールド」と呼んだほうが相応しい。

同じ鵜住居地区、根浜海岸の旅館「宝来館」を経営し、ワールドカップ招致に尽力してきた岩崎昭子女将は言った。


「素晴らしい人がいっぱい集まる原っぱです」


原っぱ。
素晴らしい表現だと思った。
スタジアムに立って、感じるのは何よりも開放感だ。

ロッカールーム内部

ロッカールーム内部

特別な試合が行われる、特別なスタジアムもいい。イングランドのトゥイッケナム、ウェールズのアームズパーク(今はプリンシパルティスタジアムか)、ニュージーランドのイーデンパーク、南アフリカのエリスパーク……その国の首都あるいは大都市には、首都あるいは大都市に相応しい大きなスタジアムが求められるし、そこには特別な威厳が漂う。

ロッカーは1つがブルー、もうひとつがオレンジで統一されている

ロッカーは1つがブルー、もうひとつがオレンジで統一されている

だが、すべての町のすべてのスタジアムがそうではないし、そうである必要もない。そうあってはならない。釜石で7万人が集まる試合を年に何度も開催するのはありえないし、そのための巨大スタジアムを建設する必要はない。作ってはならない。


「こじんまりした身の丈にあったスタジアム」


2012年6月、釜石へのワールドカップ誘致が人々の話題に上がり始めた頃、平尾誠二さんを招いて行われたタウンミーティングで、当時副市長だった嶋田賢和さんが口にした言葉が耳に蘇る。

復興の足を引っ張ってはならない。無駄なものを作ってはならない。だけど、希望のシンボルを作りたい。釜石のスタジアムは、たくさんの人からの募金にも助けられ、ここに完成した。

シャワーは8基、湯船は標準サイズだが、ラグビー選手は3人入ればいっぱいか?

シャワーは8基、湯船は標準サイズだが、ラグビー選手は3人入ればいっぱいか?

ピッチには、日本で初めて採用されたというフランス製のファイバー式ハイブリッド芝が敷かれた。ピッチ全面にプラスチック製のファイバー繊維を敷き詰め、その上から芝の種をまく。

芝の根は繊維に絡みつき、スクラムなどで強い横への力を受けてもずれない。7月には釜石シーウェイブスの選手がスクラムのテストを行い、十分な強度を確認したという(昨季の秩父宮みたいなことはないということだ)。

昨季までシーウェイブスのトレーニングコーチ、現在は釜石市職員としてワールドカップ準備に汗する長田剛さんの証言。


「通常のハイブリッド芝よりも、初期費用では1.3億円高いです。でも10年間のメンテナンス費用を積算すると逆に1.9億円安くつく。そして、使用頻度は倍いけます」

芝について説明する長田さんと、芝刈りをする作業員

芝について説明する長田さんと、芝刈りをする作業員

長い目で見れば安くなり、たくさん使えるのだ。そもそも、他の多くのスタジアムが悩む「日照」と「通風」という問題が、ここには1ミリもない。芝の生育に関しては最高の環境だ。

夢想する。
このスタジアムを、日本で一番、敷居の低いスタジアムにしてくれないか。

この場所にあった鵜住居小学校と釜石東中学校は、歩いて5分ほどの高台に移転し、昨年開校した。その小中学校の生徒たちの運動会、あるいは体育の授業、レクレーションに、このフィールドを使ってもらえないか。あるいは幼稚園や保育園の運動会、お遊戯、お散歩、外遊びに。


「鵜住居では、保育園のお散歩でワールドカップのスタジアムで遊べるんだって」
「へえ、良いなあ」


そんな会話から、鵜住居に住みたいと考える若いパパママが出てくるかもしれない。鵜住居は、平地のほとんどが津波に飲まれた。更地になった。人はまだなかなか戻ってこない。


でも、そこにスタジアムができた。とびきりの原っぱができた。災害復興公営住宅も次々とできている。まだ使い道の決まっていない、嵩上げされた土地がたくさんある。鉄道も来年には復活する。
そして、ワールドカップが来る。
そこに、新しい町が、新しいコミュニティが生まれる。

 

光の角度でスタジアムは表情を変える。夕陽を受けたスタジアム

光の角度でスタジアムは表情を変える。夕陽を受けたスタジアム

8月19日のオープニングマッチはもちろん楽しみだ。
ワールドカップは本当に楽しみだ。
だけど今、僕が本当に楽しみなのはそのあとだ。
このスタジアム、フィールド、原っぱを中心に、どんな町ができあがっていくのだろう。どんな物語が紡がれていくだろう。

ロッカールームからピッチへのアプローチ。ここでどんなドラマがうまれるだろう。

ロッカールームからピッチへのアプローチ。ここでどんなドラマがうまれるだろう。

夢想は続く。

ワールドカップですごいトライが生まれるだろう。いったい何百本の大漁旗が翻るだろう。高校ラグビーの県大会の決勝はマストアイテムだ、ワールドクラスの空気が乗り移ったようなすごいプレーや、劇的な勝負が生まれるだろう。中体連の大会で、小学校の運動会で、ヒーローが生まれ、ヒロインが生まれ、涙涙の場面が生まれるだろう。何の大会も試合もない日も、子供たちは構わず遊ぶだろう。なんたって耐久性抜群のハイブリッド芝だ。雨の日だって遊べるはずだ。


試合のない平日の夕暮れには、中高生がデートで訪れるかもしれない(だけど間違いなく目立つぞ)。広い駐車場は、クルマを買ったばかりの若者たちの定番デートスポットになるかも。ゴールポスト越しに眺める美しい夕焼け空を眺めていたら……そんな特別感を求めて、釜石だけじゃなく、きっといろんなところからドライブコースになるだろう。

翼を広げたような白い屋根と、高々と聳えるゴールポストは、相棒同士としてそんな毎日を、地域を見守り、人々を見守り、時を見守るだろう。「今日のトライはすごかったね」「あの判定は可哀想だったな」「あの子たち、大きくなったね」なんて、ひそひそ話をするかもしれない。

釜石という地方都市で、そのまた外れの鵜住居という町で、新しい物語が刻まれ始めた。
僕たちは、物語の始まりから、その同時代を体験できるのだ。


大友信彦
(おおとものぶひこ)

1962年宮城県気仙沼市生まれ。気仙沼高校から早稲田大学第二文学部卒業。1985年からフリーランスのスポーツライターとして『Sports Graphic Number』(文藝春秋)で活動。’87年からは東京中日スポーツのラグビー記事も担当し、ラグビーマガジンなどにも執筆。

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