「赤いジャージが自分を育ててくれた」名門チームへ移籍・新天地で日本一に神戸製鋼HO有田隆平 | ラグビージャパン365

「赤いジャージが自分を育ててくれた」名門チームへ移籍・新天地で日本一に神戸製鋼HO有田隆平

2018/12/16

文●編集部


名門チームでありながらタイトルから遠く離れていた神戸製鋼コベルコスティーラーズが18シーズンぶりに優勝を決めた。有田隆平は移籍年目で「とにかくこの名門チームに認められるよう」ハードワークに徹した。そしてファイナルという大舞台で試合の流れを大きく変えるビッグプレーをやってのけたのだ。

――キックチャージからのトライについて、日和佐選手が自分がノックオンして悪い流れになるのをとめてくれたと言われてました。


いやいや(笑)自分も前半ノックオンをしてしまいましたし。いろいろ、決勝だから気負ってしまった部分があって(チームに)迷惑をかけてしまっていたので。ワンプレーで返せたかなと思います。

――インゴールに飛び込んだ時、どんな思いでしたか?

ちゃんとトライできたかな。あんまり慣れていないので。嬉しかったですけど、試合も終盤でもなかったので、自分として浮かれるというよりはもう一回気を引き締めていました。


――移籍をしてきて「ラグビー感」が変わったということはありますか?


いや、変わらないですね。ただ、日本一を目指す、ハードワークをするという部分は今までと何も変わらないです。それが全員でできた。


――7連覇のことや平尾(誠二)さんのことなど歴史の重みというものを意識していた?


1年目だったので、その辺の感情移入も難しかったんですけれども。チームもスタッフも変わってそれを理解する活動がありました。そしてみんなそういう意識で動いていたので。もちろん、今まで何年間もいた選手からすると、わかっているのかと思われるかもしれませんが、自分としては、チームのためにできたかなと思います。


――今年は移籍という大きな挑戦だったと思います。優勝という結果になった瞬間、どんな思いが湧き上がりましたか?


難しいですね。素直に嬉しかったです。移籍をするという判断はとても難しかったですが、結果、(神戸製鋼に)来ても、前にいたチームと自分の役割は変わらない。しっかりとチームのために体を張るということでしたので、それをやり続けて優勝という結果になった、ということですかね。


――この舞台に立てた喜びというものは?


いや、本当にありがたいです。自分ひとりの力じゃないので、今日出た23人だけでもなくチーム全体で掴んだ優勝かなと思います。


――橋本ゲームキャプテンが記者会見で「ラグビーのスタイルは今までとかわらないけど、今シーズンしんどいけど、ラグビーが楽しい」と思ったと言われていました。有田さんはどうですか?


楽しいですね。やっぱり展開しますし。自分はセットプレーよりも、ボールを持って走ったり、フィールドの部分でやるタイプなので。楽しかったです。あと、世界的プレーヤー、レベルの高い選手がいるので。その人たちと一緒にできたことは良かったです。


有田に声をかけたアシュリークーパー

有田に声をかけたアシュリークーパー

――彼ら(世界的プレーヤー)の試合中の指示は具体的ですか?


具体的というより、シンプルです。難しいことはいわず。(その時、アシュリークーパー選手がミックスゾーンに現れ、『アリタサン、best HO in TOPLEAGUE、ホント』と声をかける)ありがとうございます。


――ダン・カーターが記者会見で「ずっとボールを継続して、システムを繰り返しプレーをしている」と言っていました。FWとしてはどんなことですか?

ボールキャリアの内・外に立ってオプションになる。相手に(的を)絞らせない。ということを自分たちの役割なので、一つ仕事が終わればすぐに立ち上がって、両サイドいけるように準備をしていました。それが出来た結果だと思います。


――それをやり続けるためのハードワークは春からやってきた?


そうですね。たとえうまくいかなくても、今言ったところが神戸製鋼アタックのベースになるので、指示としても的確ですし、一つ二つ、ポンっとなにか言って、それをみんなでやろうという感じです。僕でもわかるくらいなんで、難しいことは何もないです。(笑)


――一番最初にノックオンをされていました。


はい。8年ぶりの決勝戦だったので。緊張していたんでしょうね。今までやってきたことをいつもどおりやる、というのをチームとしても言っていましたし、自分自身としてもやってきたことをやろうということだけでした。


――FWで前に出ることができたことでスペースを作れていましたね。


そうですね。サントリーさんのアタックをディフェンスでよく我慢できたことも大きかったと思います。


――新しいチームにきて「違う赤いジャージ」を着て優勝できたことは改めてどんな思いですか。


やっぱり「赤いジャージ」が自分を育ててくれたなと思います。シーズン通してもそうですし。特別ですね。今までの7年間がなければ、今もないですし。その積み上げてきたものがあったので、決して遠回りだったとも思っていません。


――前チームではチームを引っ張る立場だったと思いますがこのチームでは…。


割と自分の仕事が明確ですね。その分、プレッシャーはありますけど。ボールを出せばしっかりとしたアタックができるんですけど、そこまで、スクラムしかり、ラインアウトしかり、結構自分の(プレーの)良し悪しで決まることが多いので、そこは楽ではなかったですね。

今年1年目でこの名門チームで認められるために必死でやる、というのが自分の中で思っていたので。長い歴史があるチームなので、会社が震災の時も全員で力を合わせてやったということや、繰り返し、工場に行って勉強をしました。

トライを決め、山中が祝福した

トライを決め、山中が祝福した

――山中(早稲田大学時代の同期)選手と一緒に優勝というのは?


やっぱり嬉しいですよ。春に僕がこのチームに着た時に「日本一になろう」といってそれが実現できたので。これまで日本一ということを経験したことがなかったので。大学・高校でも二番手というのが多かったので。東福岡高校の時は山中(東海大大阪仰星高)にやられましたしね。でも、また再開して一緒にできることはありがたいですね。

彼も日本代表をやって、サイズも大きいですし、自分は見劣りがあると思いますが、負けないようにという思いでやってきましたね。


――ワールドカップも来年になります。


僕は選ばれる立場なので。なんとも言えないですけど。

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