当たり前のプレーに価値があることを気づかせた津久井選手のプレー。 8強は手の届く範囲、ただその上は異次元。決勝で感じたNZのラグビー文化の厚み。 | Rugby Japan 365

当たり前のプレーに価値があることを気づかせた津久井選手のプレー。 8強は手の届く範囲、ただその上は異次元。決勝で感じたNZのラグビー文化の厚み。

2017/08/29

解説●後藤翔太 構成●大友信彦


サクラフィフティーンのワールドカップが終わりました。
最後の11−12位決定戦では香港に快勝。サクラフィフティーンは持っているものを出し切ったなと思います。

すべて出しきったサクラフィフティーン。国内ではエリートな選手たちがワールドカップにきて自分の課題を「課題」だと認識することの意味

勝てたことはもちろん素晴らしい。だけど僕は、その結果以上に、自分たちの力を出し切ったことに価値があったと思う。力の差がある相手だからといって、全力を出さずに次に備えていたら、本当の差は見えてこない。今回のワールドカップではフランスに大敗して、アイルランドとオーストラリアには接戦を落として、イタリアには完封負け。悔しい結果が続いてきましたが、どの試合でも全力を尽くして勝ちに行っていたことは間違いない。そのときそのときの100%を出し続けた選手たちと、スタッフを深くリスペクトしたいと思います。

具体的なプレーでいうと、前半の2本目のトライ、堤ほの花選手が外のスペースを走りきったトライにジンときました。これが、サクラフィフティーンのやりたかったプレーだったんだな、ということが伝わってきたからです。やりたかったプレーができたことは自信になる。そして、できなかったことも財産になります。サクラフィフティーンの選手は、ほとんどが日本国内ではトップの選手です。特に、今の若い選手は、高校生の頃からユースアカデミーなどでエリート育成されてきた選手です。国内のトップ選手が、自分の課題を「課題」と認識する機会がないまま、このワールドカップまできたわけで、その意味でも今大会の経験は価値がある。結局、人って、不足を自分で認識しないと成長できないんです。

 

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