井草彩野(PR プレイヴルーヴ)サクラフィフティーン候補に26歳で初招集された遅咲きのPRが、代表に新たな風を運ぶ | ラグビージャパン365

井草彩野(PR プレイヴルーヴ)サクラフィフティーン候補に26歳で初招集された遅咲きのPRが、代表に新たな風を運ぶ

2021/04/16

文●大友信彦


「自分が一番驚いています」
井草彩野(いぐさ・あやの)はまん丸い目をまん丸くして笑った。
「自分が代表に呼ばれるなんて、全然思っていなかった。オドロキです」

2021年3月、ラグビーワールドカップ2021NZ大会(女子大会)まで半年という時期に和歌山で行われた合宿に、初めて招集されたのが、ブレイヴルーヴの井草彩野だった。ポジションは右プロップ。年齢は26歳。20歳前後で代表入りする選手が多い日本の女子ラグビーでは遅咲きだ。そして、ワールドカップの1年延期が発表されたあと初めての合宿となった4月の勝浦合宿にも彩野は呼ばれた。

「レスリーHCには、新しいチームのキャプテンをやったりしてきた経験値を期待して招集したと言われました。でも、まだそれをうまく出せていないと思います」

勝浦合宿でメディアに練習が公開された9日、彩野は少し照れながら言った。

再び表舞台に帰ってくるきっかけになった「ブレイヴルーヴ」

「代表の合宿に参加して一番感じるのは、一人一人の意識の高さ、フィジカルの強さです。1回1回の練習の濃さがチームとは全然違う。ひとつひとつの当たりが激しくて消耗するし、学べることがたくさんある。いい経験できてるなと思います」

2011年11月、仙台で行われたU18花園女子セブンズ東軍セレクションマッチ。隣には現サクラセブンズ大黒田裕芽の顔も

2011年11月、仙台で行われたU18花園女子セブンズ東軍セレクションマッチ。隣には現サクラセブンズ大黒田裕芽の顔も

目立った代表歴はない。
5歳のときから府中ジュニアラグビースクールに通い、女子ユースの合同練習会などには参加していた。高校2年の2011年には、花園女子U18セブンズに向けて仙台で行われたセレクションマッチに出場したが、花園メンバーには選ばれなかった。高3の2012年4月には第1回全国選抜女子セブンズにYRA・関東クラブ選抜チームで出場、大会初代チャンピオンの一員となったが、以後は女子ラグビーの表舞台から消えていた。子どもの頃からポジションはプロップ。「男子を相手にスクラムを押すのが楽しかった」というフィジカルガールには、セブンズエリート育成が主流の時代にスポットが当たることはなかった。進学した成蹊大には女子がラグビーを続ける環境はなかった。以前にプレーした仲間に誘われ、時折世田谷レディースのサポートメンバーとして試合に出場することはあったが、それはおおむね趣味の領域だった。

表彰式を終えて。後列右から2人目が井草彩野。チームの主将は現アルカス主将でサクラ15候補HO公家明日香だった(前列左から2人目)

表彰式を終えて。後列右から2人目が井草彩野。チームの主将は現アルカス主将でサクラ15候補HO公家明日香だった(前列左から2人目)

そんな彩野が表舞台に帰ってきたのは2016年だった。自分が育った府中ジュニアラグビースクールを母体に、女子チーム「ブレイヴルーヴ」が設立された。太陽生命カップ・全国中学生大会に、現サクラセブンズの松田凜日ら東京都女子チームが出場する際に、凜日の父で東芝のレジェンドである松田努さんが指導したのをきっかけに、府中を拠点とする高校生女子チームとして始動。そのジュニア世代が高校を卒業したときの受け皿となるべく、シニアチームも立ち上げられると、府中ジュニアラグビークラブ育ちの彩野は、設立時ほぼ唯一のシニアメンバーとして参加した。

2017年11月、ブレイヴルーヴで初めて臨んだ太陽生命シリーズ入れ替え戦で。左は松田努HC

2017年11月、ブレイヴルーヴで初めて臨んだ太陽生命シリーズ入れ替え戦で。左は松田努HC

新たなクラブのキャプテンとして、若い選手が何でも相談できるお姉さんとして。2017年には、太陽生命ウィメンズシリーズ入れ替え戦にブレイヴルーヴのキャプテンとして出場した。プレーヤーでありながら、同時にチームの裏方、サポート役としても働いた。ユース年代からエリートとして育成されてきた、あるいは他競技からポテンシャルを買われて転向した選手の多い現在の女子ラグビーでは異色の存在だ。

だがそれこそが、レスリーHCの評価した部分だった。

「アヤノは素晴らしいポテンシャルとフィジカルの強さを持っていて、フロントローとして期待できる。そしてリーダーとしてクラブカルチャーを作ることに素晴らしい働きをした。ラグビーをプレーしてきた経歴も長いし、パッションがあり、スキルセットが高く、賢い。そして、他の選手と異なるバックグラウンドを持っていることも魅力です」

ワールドカップNZ大会は2022年9月に延期された。勝浦合宿でのインタビューではレスリーHCも、南早紀キャプテンも、「若いサクラフィフティーンにとって延期はポジティブな材料です」と口を揃えた。それは、初めて招集された遅咲きのプロップにとっても同じだろう(ちなみに同じプロップの南早紀主将は彩野の1学年下だ)。


――来年のワールドカップはライフプランに入りましたか? 彩野は答えた。


「正直、まだ思い描ききれていませんね」


体格、フィジカルなポテンシャルを評価されたといっても、代表合宿で他の選手と体を当てると、筋力がまだ劣っていると感じるという。個人トレーニングでも、周りの選手が高い負荷でトレーニングしているのを目の当たりにすると、自分はまだまだだと思う。

「まずは、代表合宿でどう自分をアピールして、生き残っていくかですね。ジムトレーニングでもしっかり自分を追い込んで強化していきたいです」


レスリーHCには「アタックにもっと参加してほしい」と求められているという。自分の課題、言い換えれば伸びしろはそこにあると思う一方で、合宿に参加することで、自分の強みにも改めて気づいた。


「自分の強みはディフェンス、低いタックルなんだなと改めて思いました。低いタックルで相手を越えきる、オーバーしきることを自分の強みにしたい」


2012年4月の第1回全国高校選抜女子セブンズ決勝リーグで、地面のボールに飛び込む。女子選手では貴重な才能だ。

2012年4月の第1回全国高校選抜女子セブンズ決勝リーグで、地面のボールに飛び込む。女子選手では貴重な才能だ。

そう、低いプレーは彩野の真骨頂だ。
記者にとって、一番印象に残っている彩野のプレーは2012年の全国高校選抜で優勝を決めた名古屋レディース戦でみせた、地面のボールに躊躇なく飛び込むセービングだ。セブンズやタグラグビーをバックグラウンドに育ってくる選手の多い日本の女子ラグビーではなかなか見られない、地味で献身的で、だけどチームの勝利に直結するプレーだ(昭和生まれのラグビー党なら、この種のプレーがどれだけ多くの伝説の試合で勝負を分けてきたか、何時間でもしゃべり続けるだろう……)。

2021年1月、OTOWAカップ関東大会ではLBSの主将を務めた

2021年1月、OTOWAカップ関東大会ではLBSの主将を務めた

そして今年(2021年)、それは過去のものではないことを目撃した。日体大建志台グラウンドで行われた関東大会5位決定戦、TKMフェニックス対LBS(ブレイヴルーヴ・北海道バーバリアンズディアナ・世田谷レディースの合同チーム)の試合で、彩野はやはり地面に不規則にこぼれたボールに躊躇せず飛び込むフロントセービングでボールを確保したのだ。自陣に攻め込まれていたチームはそこからアタックに転じた。トライにはつながらなかったが、劣勢のチームを勇気づけるプレーだった。

「違うバックグラウンドを持った選手を加えたい」とレスリーHCは言った。

確かに、井草彩野は、他の女子の代表候補選手とは異なるバックグラウンドを、ストーリーを持っている。こんな選手が加わったら、サクラフィフティーンはまた深みを増したチームになるだろう。そのために必要なのは、まずは彩野自身がよりフィジカルを高めて、代表に勝ち残ること。そこは本人にしか解決できない部分だが、それが叶ったなら、1年半後、ニュージーランドでワールドカップに臨むサクラフィフティーンは、より魅力的なチームになっているはずだ。

トップチームで競技生活を送ってきた選手とは違う道を歩いてきた彩野は、チームが修羅場に直面したとき、他の選手とは違う視点を、選択肢を、発想を、気の持ちようを提案してくれるだろう。勝負を左右することになる低く重量感のあるタックル、迷いなく地面に体を投げ出すセービングとともに。

サクラフィフティーンの可能性に、新しいピースが加わった。


大友信彦
(おおとものぶひこ)

1962年宮城県気仙沼市生まれ。気仙沼高校から早稲田大学第二文学部卒業。1985年からフリーランスのスポーツライターとして『Sports Graphic Number』(文藝春秋)で活動。’87年からは東京中日スポーツのラグビー記事も担当し、ラグビーマガジンなどにも執筆。

プロフィールページへ


 

記事検索

バックナンバー

メールアドレス
パスワード
ページのトップへ