未来のサクラ戦士が生まれる予感 U15関東女子セブンズ交流大会。手作りの温かい大会だった | ラグビージャパン365

未来のサクラ戦士が生まれる予感 U15関東女子セブンズ交流大会。手作りの温かい大会だった

2020/09/28

文●大友信彦


9月27日(日)、多摩川河川敷グラウンドで、関東U15女子交流大会が開催された。

例年なら、9月には太陽生命カップ全国中学生ラグビーフットボール大会が行われていた。だけど今年は、コロナで大会がなくなってしまった。
中3生たちは、試合も練習もできないまま、ラグビースクールの中学チームを卒業してしまうことになりそうだ……。

それはしのびない。卒業記念試合をさせてあげたい! という思いで、世田谷・杉並両RSのコーチ陣が中心になって企画、東京近辺のスクールに声をかけ、実現したのがこの「大会」だった。9月最後の日曜日、多摩川の河川敷グラウンドに、世田谷・杉並両RSのほか小金井RS、練馬RS、ワセダクラブ、多摩R&B、ブレイブルーヴジュニアの中学生23人が集まった。

小金井RS

小金井RS

さらに、前週にU18全国女子セブンズ関東予選を戦い全国大会出場権を獲得した関東学院六浦の選手と、横河武蔵野アルテミスターズの高校生がサポートに、アルカスユースの菅原悠佑HCがコーチ役に、女子トップレフェリーの小菅礼子レフェリーが駆けつけてくれて、試合だけでなく練習もたっぷり。

ブレイブルーヴジュニア、ワセダクラブ、多摩R&B

ブレイブルーヴジュニア、ワセダクラブ、多摩R&B

交流会では、練習からも試合からも離れていた選手も多いことを考慮して、まずは菅原コーチのリードでハンドリングとリロードを中心としたドリルを練習し、そこから3チームに分かれてゲームタイム。各スクールの女子選手は、小金井を除き1チーム7人に満たなかったため、即席の合同チームでゲームを行った。7分ずつ総当たりでゲームをしたあとは休憩とチームトークを挟んで、もう一度レビューを兼ね、よりセブンズのイメージに近づけた(ふだん中学生は12人制をプレーしているのでセブンズは初めての選手もいた)練習、そしてもう一度3チームに分かれてゲームへ。

世田谷RS、杉並RS、練馬RS

世田谷RS、杉並RS、練馬RS

この交流大会のポイントはアルカスユースの菅原悠佑HCがリードしたコーチングセッションだった。菅原コーチがドリルを示すと、まず関東学院六浦と横河武蔵野アルテミスターズの高校生が見本を披露。中学生にイメージを掴ませた上で、さらに中学生の環に高校生がバラバラに入ってプレーすることで、パスを投げる速さやコーリングの大切さを実演した。中学生たちもドリルを重ね、高校生のプレーを見ることで、徐々に声が出るようになっていった。

サポート役で活躍した関東学院六浦の選手たち

サポート役で活躍した関東学院六浦の選手たち

実際のゲームも、パス自体の巧さ、ブレイクダウン、ステップを踏んで相手を抜いていく動き、ランニングスキルと見応えのあるプレーの連続だった。何より印象的だったのは真面目に身体を張ってタックルに行く選手が多かったこと。選手のラグビー経験にはばらつきがあり、強くて速い選手も、そうでもない選手もいたけれど、必死で食らいついていくタックルをしている選手がとても多いのが印象的だった。

チームはほぼリザーブなし、ほぼ全員が7分ハーフを4本戦うという忙しさだったが、徐々にセブンズの動きにも慣れ、セブンズを楽しんでいた様子。

選手たちの進路はまだ未確定、ラグビーを続けるかどうかもまだ決めていない選手も多いようだが、練習と試合を重ねる中で、ラグビーの楽しさを改めて見つけた選手も多かったように見えた。

きっと来年か再来年、高校の大会でまた会えるだろうな、と確信する選手が本当にたくさんいた。2025年or2029年の女子15人制W杯日本招致が実現したら、コロナに見舞われた夏の終わりにこの河川敷でプレーした中学生から何人か代表入りしてるかもしれない。


コーチのみなさん、選手のみなさん、支えてくれたスタッフの皆さんに、改めて謝辞を申し上げます。

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大友信彦
(おおとものぶひこ)

1962年宮城県気仙沼市生まれ。気仙沼高校から早稲田大学第二文学部卒業。1985年からフリーランスのスポーツライターとして『Sports Graphic Number』(文藝春秋)で活動。’87年からは東京中日スポーツのラグビー記事も担当し、ラグビーマガジンなどにも執筆。

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