早大ラグビー部女子部・オリンピアン横尾HCのもと始動 | ラグビージャパン365

早大ラグビー部女子部・オリンピアン横尾HCのもと始動

2024/04/19

文●大友信彦


18日、早大ラグビー部女子部の設立会見が行われた。
会見には恩蔵直人ラグビー部長、柳澤眞女子ディレクター、横尾千里HC、千北佳英主将はじめ部員9名が出席した。

早大ラグビー部女子部の設立がHPで発表されたのは4月1日。その時点では「部員は4名」ということだったが、その後の2週間あまりの間に部員の勧誘やSNSを通じた問い合わせなどで部員が9名に増えたという。

早大には過去、2016年リオ五輪代表の横尾千里HCと冨田真紀子さん、現在はパイロットをしながらレフリーとして活躍中の神村英理さん、東京五輪代表の弘津悠(ナナイロプリズム福岡)、現役サクラXVの加藤幸子(横河武蔵野アルテミ・スターズ)らが在学していたが、早大ラグビー部は女子選手を受け入れてこなかった(池田韻レフリーはチームレフリーという正式部員だったが、選手として活動した部員は過去にはいなかった)。




今回、女子部が設立されたきっかけは、ユースアカデミーやコベルコカップなどでジュニア時代から知り合いだった現在3年生の千北佳英(田園調布雙葉)、寺谷芽生(関東学院六浦)、國谷蘭(桐蔭学園)の3人が入学した2年前、早大ラグビー部が実施したスタッフ希望者向けの説明会に参加して「女子部員は受け入れてもらえませんか?」と質問したのが始まり。「男子と同様にラグビーをしたい」「勉強とラグビーの両方をやりたい」という思いがラグビー部を動かした。

柳澤眞ディレクター、恩蔵直人部長、横尾千里HC

柳澤眞ディレクター、恩蔵直人部長、横尾千里HC



「海外の事例を調べると、オックスフォードやケンブリッジは1980年代にもう女子を受け入れていた。新たな取り組みとして女子を受け入れれば、早大ラグビー部全体を活性化する」(恩蔵部長)「ワールドラグビーも男女を同じように位置づけて普及と強化を図っている」(柳澤ディレクター)ことなどを総合的に考慮。さまざまな議論が重ねられ、「葛藤はありました。今もあります」(柳澤ディレクター)という状態ながら、ラグビー蹴球部の中に「女子部」を設立することになった。

今回、設立メンバーとなった経験者は3年生3人と2年生1人。

主将の千北佳英(ちぎた・かえ スポーツ科学部3年)は5歳から世田谷RS~アルテミスターズ・ユースでプレー。田園調布雙葉高2年で女子15人制TIDユースキャンプに参加。早大入学後はアルテミ・スターズのシニアチーム入りし、太陽生命ウィメンズセブンズシリーズにも出場していた。

千北佳英主将

千北佳英主将



「強いリーダーシップで女子部を作るためにリードした」と横尾HCが信頼を寄せる千北は「女子がラグビーをするというハードルの高さは私もずっと感じてきました。それだけに、伝統校である早稲田で女子ラグビーをやることには意義があると思いました」と話した。


主務の國谷蘭(くにたに・らん 政治経済学部3年)は3歳のときワセダクラブでラグビーを始め、中学までプレーしたのち桐蔭学園女子ラグビー部の創立メンバーに。早大入学後はブレイブルーヴでプレーを続けた。

主務_國谷蘭

主務_國谷蘭



「小さい頃からワセダクラブで上井草グラウンドでラグビーをしていたので、その上井草に早稲田ラグビー部の部員として戻ってこられて嬉しいと同時に、憧れのラグビー部に入れてワクワクしています」と声を弾ませた。

同じく3年生の寺谷芽生(てらや・めい スポーツ科学部3年)は5歳のとき函館RSでラグビーを始め、高3のとき夏のオッペンカップ、秋の全国U18女子セブンズに優勝。自身もセブンズユースアカデミーに招集された。早大入学後は千北とともにアルテミ・スターズでプレー。今季の太陽生命ウィメンズセブンズシリーズにはアルテミ・スターズでエントリーする予定だったというが、早大の女子部立ち上げに伴い移籍を決断。

寺谷芽生

寺谷芽生



「めちゃめちゃ悩みました。アルテミもすごく良いチームだし…最後は号泣しながらHCの藤戸さんに『早稲田でやります』と伝えました。でもチームメイトのみんなが『卒業したら戻っておいで』と言ってくれて、勇気をもらってこちらへ来ました」と目を潤ませた。


経験者もうひとりは2年生の岡本美優(おかもと・みゆう)だ。小2のとき世田谷RSでラグビーを始め、明大明治高に進むとブレイブルーヴへ。セブンズユースアカデミーにはレギュラーメンバーとして参加を続け、早大に進んだ昨年はブレイブルーヴのシニアメンバーとして太陽生命シリーズ参戦。

岡本美優

岡本美優


最年少ながら3大会に出場して4トライをあげた決定力に、横尾HCも「キーパーソンです」と期待を寄せる。岡本と寺谷の2人は20-21日の太陽生命シリーズ熊谷大会のチャレンジチームにも選出されていて、この会見には熊谷合宿を「中抜け」しての参加だった。



ラグビー経験者は以上の3人で、4月になって加わったのが以下の5人だ。


阿部あいり

阿部あいり



阿部あいり(あべ・あいり スポーツ科学部2年)は都立国分寺高までバスケットボール部。ラグビーは未経験だが、ラグビーどころの府中市で生まれ、「父もラグビーをしていたのでラグビーには親しみを持っています。早稲田ラグビー部女子部の始動に関われてうれしい」と声を弾ませた。

谷地星(やち・あかり=社会科学部3年)は岩手県黒沢尻北高出身。子どもの頃からアルペンスキーに打ち込み、中学時代は陸上競技とバレーボールにいそしんだというマルチアスリート。「高校時代は写真部で、今回は久しぶりの運動部ですが、気合いだけは人一倍です。経験者から吸収したい」

谷地星

谷地星



沖村実紅(おきむら・みく スポーツ科学部2年)は都立昭和高校出身。「スポーツ歴はチアダンスを10年、陸上競技を6年やっていました。ラグビーは未経験ですが、1日も早く優秀なプレイヤーとして認めてもらえるよう努力したい」と言葉に力を込めた。

沖村実紅

沖村実紅



部員は他に、マネージャーの折原さくら(おりはら・さくら スポーツ科学部3年 都立小山台高)とトレーナーの楢林瑞葵(ならばやし・みずき スポーツ科学部3年 山手学院高)。本人たちはサポート役を希望しているようだが、横尾HCは「トレーニングさせて、ゆくゆくは選手にしたい」と笑った。

折原さくら

折原さくら



楢林瑞葵

楢林瑞葵





現在は、上井草のラグビー部グラウンドで、男子と被らない時間に週4回、東伏見のウエート施設で週2回のトレーニングを実施。初陣は5月11-12日に静岡で行われる来季の太陽生命シリーズ昇格をかけたリージョナルセブンズになる。横尾HCは「優勝したい」と宣言した。

横尾千里HC

横尾千里HC



戦いは厳しくなりそうだ。昨季16チームで争われた太陽生命シリーズは今季12チームに絞り込まれた。来季に向けた昇格枠がいくつあるのかはまだ発表されていないが、昨季までコアチームだった龍ケ崎グレース、北海道ディアナ、ブレイブルーヴ、四国大、さらに悲願の昇格を狙うアザレアセブン、神戸ファストジャイロ、弘前サクラオーバルズも選手を集めて大会に備えている。

もちろん、横尾HCも、昨季までアルテミ・スターズとブレイブルーヴでプレーしていた主力4人もその厳しさは覚悟している。それでも横尾HCは言うのだ。
「実際はすごく厳しい。それは分かっていますが、優勝を目標に掲げない理由はないです。昇格して、今の3年生が4年になる来年は国内最高の大会でプレーさせてやりたい。それが最初のターゲットです」


早大では、新しい部が大学の体育局に正式に認められるには最低10人の部員で5年以上の継続した活動実績が必要なのだという。横尾HCはそのために「5年で太陽生命シリーズの総合優勝を目指します」と言い切った。


横尾HC自身、学生時代はラグビー部への入部は認められなかった。1学年上の冨田さん、2学年上の神村さんとともに、学内に女子ラグビーのクラブチーム設立を目指し、ビラを作って配ったこともある。

「私たちの前にもそれを目指した先輩がいました。その人たちの思いも、ここにはつながっています」と横尾さんは言う。

過去には慶大にも青木蘭、佐藤優奈、原わか花、久保光里ら有力選手がそろい「本チャン」ラグビー部への参加を目指したことがあったが、諸々の事情で実現しなかった。
同時に、視点を変えれば、クラブの細分化は選手資源を拡散させかねず、イコール競技レベルの向上とは限らない。少子化の時代、競技人口の多くない女子ラグビーにおいて、当該大学に在籍する学生のみで構成される「大学チーム」が望ましい在り方なのかどうかは議論の余地がある。今後選手を勧誘するなら競技レベルの確保=継続的に選手を揃えることもチームの責務になるだろう。女子ラグビーを継続して取材してきた立場から見れば、設立するなら「ワセダクラブ女子」等のオープンクラブの形態が望ましいのでは?という思いもある。自身、都立青山高出身で2002年度大学日本一のFBとなった努力の人である柳澤ディレクターが発した「葛藤は今もあります。直線的な解はない」という言葉はそのあたりも含んでいるのだろうし、入学した学生には外部のクラブでプレーするという選択の自由を保証してほしいとも思う。

それでも、困難な道を承知で進むのは、男子の歴史にも通底する早稲田ラグビーのカルチャーなのだろう。赤黒ガールズの歴史の針が、いま回り始めた。


大友信彦
(おおとものぶひこ)

1962年宮城県気仙沼市生まれ。気仙沼高校から早稲田大学第二文学部卒業。1985年からフリーランスのスポーツライターとして『Sports Graphic Number』(文藝春秋)で活動。’87年からは東京中日スポーツのラグビー記事も担当し、ラグビーマガジンなどにも執筆。

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