1月30日(金)、東京都渋谷区のニュージーランド大使公邸で、2025年度のGame On English 留学報告会が行われた。
華美ではなく、上品な調度品に囲まれた部屋に、高校生たちの英語の声が響いた。しゃべっていたのは、昨年の7月23日から8月12日までの約3週間、ニュージーランドでラグビー&英語を学んできた桐蔭学園、国学院栃木、東海大相模、茗渓学園という関東の高校ラグビー強豪4校12人のラガーメンだった。
生徒たちは留学へ出発するまでの緊張、現地で受けたハカなどによる歓迎、それによって緊張がほぐれたこと、肌で経験したラグビーでの発見、ホストファミリーとの生活で発見した様々なサプライズ、言葉が通じない苦労とそれゆえの発見と喜び、笑ってしまう失敗談……さまざまなエピソードをたくみに交えてスピーチ。とても流暢に話す者もあれば、時折メモに目を落とす者も…何度か詰まりそうになっても頑張って思い出し、話し終え、誰もが聞き入った関係者や保護者から大きな拍手を浴びた。

2025年報告会で。後列右から9人目がルーシー・ダンカン駐日臨時代理大使
「みなさんの英語が素晴らしいことに本当に驚きました。7月の壮行会でお会いした時、私は『世界人』になってほしいとお伝えしましたが、本当に心技体を磨いて『世界人』になって帰ってきてくれた。見違えました」とプログラムを第1回目からサポートしているフォンテラ ジャパンの國本竜生社長が称えれば、同じくサポートしたニュージーランド航空の永原範昭日本支社長は「英語を喋れるようになったというだけじゃなく、英語を使って伝えたいことを伝えられているのが素晴らしい」と称賛。ニュージーランド大使館エグゼクティブ・オフィサーの宮崎智世さんは「英語の発音も素晴らしいし、ジョークを交えたり、自分が経験したエピソードを入れたり、スピーチの構成も上手。たくさん勉強してきましたね」と労った
Game On English は、ニュージーランドと日本の政府間合意に基づき、2014年に始まった「英語とラグビーを学ぶ」留学プログラムだ。男子のプログラムは、開始当初からニュージーランドの酪農協同組合フォンテラの日本法人フォンテラ ジャパンが一貫して支援し、7-8月に約3週間にわたってニュージーランドへ短期留学。

2014年の留学で、ダニーデンのフォーサイス・バー・スタジアムを訪問。後列右が国学院栃木2年の武井
世界トップに君臨するラグビー王国でラグビーをプレーしながら英語のコミュニケーションを学び、同時にサステナビリティ先進国でありジェンダー平等先進国であるニュージーランドの取り組み、社会への根付き方を学ぶという、未来を担う高校生に相応しい、意義深い取り組みだ。
男子のプログラムには当初から関東高校スーパーリーグ出場チームの選抜メンバーが参加し、サポートにはその後ニュージーランド航空も加わり2019年まで毎年、留学を継続。2020年からはコロナで中断していたが、2024年に男子のプログラムが再開。2024年度は関東春季新人大会の決勝を戦った桐蔭学園と国学院栃木から5人ずつが、2025年度は同じく関東春季新人大会で準決勝、決勝に進んだ桐蔭学園、国学院栃木、東海大相模、茗渓学園の4校から3人ずつ、計12人が参加した。
留学先はニュージーランドの酪農の中心地、ワイカトの中心都市ハミルトンだ。サニックス・ワールドユースでも何度も優勝し、日本の大学やリーグワンに多くの卒業生を送り込んでいるハミルトンボーイズハイスクールで、ニュージーランドの生徒だけでなく世界各国からの留学生とともに学び、ラグビーをし、スーパーラグビー・チーフスのアカデミー生と練習する機会も。過去にはダニーデンで過ごし、当時ハイランダーズに在籍していた田中史朗さんと面会、激励を受けたときもあった。
充実したプログラムからは、これまで多くの人財が巣立ってきた。
2014年に実施した1期生には、明大で主将を務め3年時に大学選手権優勝、リーグワンのリコーブラックラムズ東京でも主将を務め日本代表候補にもなった武井日向が国学院栃木高2年で参加していた。
2015年の2期生には、のちに慶大、東芝ブレイブルーパス東京、日本代表で主将や共同主将を歴任、今季からはスーパーラグビーのモアナ・パシフィカに挑戦している原田衛が桐蔭学園1年生で、流経大で主将を務め、三菱重工相模原ダイナボアーズで東芝と対戦した際にリーチマイケルに「リーグワンで一番のタックラー」と称賛された坂本侑翼が流経大柏高2年で参加していた。

2015年壮行会で。中列中央に桐蔭学園1年の原田衛

原田衛

坂本侑翼

2016年報告会で。留学生たちがハカを披露
静岡ブルーレヴズには2017年に流経大柏から参加したLO八木澤龍翔が流経大を経て在籍。清水建設江東ブルーシャークスには2014年に桐蔭学園から参加したSO山田雅也が筑波大を経て、2016年に国学院久我山から参加した大崎哲徳が早大を経て、2017年に桐蔭学園から参加した麻生尚宏が筑波大を経て加わり、Game On English卒業生が3人ズラリと並んでいる。

2017年報告会で。後列左端が現静岡の八木澤

2018年壮行会で。後列左から3人目が鈴木風詩、4人目が麻生尚宏
今季(2025年度)の全国高校大会でも卒業生たちは活躍。優勝した桐蔭学園で全試合にPR1で先発、準決勝と決勝でフル出場した田邉隼翔は昨年度(2024年)の留学に参加していた。8強に進んだ国学院栃木のPR1中司心弥は今季(2025年)の留学に3年生で参加していた。
「ウチはいつも2年生を送っているんです」と話してくれたのは、報告会に引率として参加していた桐蔭学園の福本剛コーチだ。
「3年生は最後の夏合宿にフルで参加させてチャレンジさせたい。1年生は入学してきたばかりでこちらもまだ人間性が分かっていない。2年生で、次の年はレギュラー争いやリーダーグループで役割を果たしそうな子、競技以外のところ、国際的なところでも活躍しそうな意欲や興味を持っている子を選んでいます」
プログラムへの募集人数は年によって違うが、参加各校は桐蔭学園も含め、実際に留学する生徒は部内で希望者を募り、面接も含めた選抜過程を経て決まるケースが多いようだ。実際、冒頭で紹介したコメントのように、英語をしっかりしゃべる生徒が多い。特に桐蔭学園から参加した生徒たちは、報告会ではいつもメモを持たずにスピーチしてきた。

フォンテラ社で行われた壮行会ではNZ名産のチーズも振る舞われた
「そこは絶対にやらせます。英語のスピーチは正確な文章よりも伝える熱意ですから、メモは持たせない、シンプルな単語で良いから自分の経験に基づいたことを伝える。そして必ずユーモアを入れる。それはずっと徹底しています」と福本さん。
報告会をほぼ毎回取材してきた記者の経験から言っても、桐蔭学園から参加した生徒の、メモなし英語スピーチ力は毎回素晴らしい。これは、自身も留学経験を持つ福本コーチが原稿をチェックし、リハーサルを繰り返した賜物だという。

鈴木風詩
留学の成果を発揮したのはリーグワンや日本代表で活躍した選手ばかりではない。2018年に国学院栃木2年で参加した鈴木風詩は早大に進み、いったんはアナリストとしてラグビー部に入部したが、周りの無名高出身部員の頑張る姿に刺激を受け、選手としての再挑戦を決意して1年遅れで再入部。5年生のシーズンにNo8のレギュラーポジションを獲得し、憧れの早明戦に出場して勝利して大学選手権決勝にも出場。諦めないチャレンジ精神で多くのファンや無名の高校生に勇気を与えた。

2019年の報告会には坂本侑翼(後列右端)、武井日向(同 5人目)らOBも参加。左から4人目が萩原武大
2019年に茗渓学園2年で参加した萩原武大は早大に進み、4年の今季はBチームのリーダーとしてチームを支え、ジュニア選手権では主将として早大を優勝に導いた。ひのき舞台で活躍する花形選手だけでなく、いろいろな形でチームを支える選手が巣立った事実は、このプログラムが競技面だけでなく高校生に多彩な経験をもたらし、多様な思考を促してきたことの反映だろう。

武井日向
「1期生の武井は明治大学に行って1年生からレギュラーになって、キャプテンにもなったけど、ラグビーで頑張っている子だけじゃないんです」と話すのは第1回から留学チームの取りまとめ役を務めてきた国学院栃木の吉岡肇監督だ。
「2期生で留学した内田洋彰という子は、高校でニュージーランドを経験したことからワイカト大に留学。卒業後は商社に就職して活躍しています。ラグビーだけでなく、いろいろな刺激を受けて帰ってくる。チームにもいい影響を与えています」
国学院栃木では2025年の留学後の秋、ニュージーランド留学で学んだ経験を同級生たちと共有する目的で国際出前授業を企画。フォンテラ ジャパンの社員を招き、ニュージーランドの農業・酪農について学び、留学先のハミルトン・ボーイズ・ハイスクールの酪農部に所属する生徒・フィンくん親子にオンラインで出演してもらって交流した。その様子は栃木県内のテレビニュースでも紹介され、大きな反響を呼んだという。
Game On Englishには女子のプログラムもあり、スポーツ庁による国際交流事業として全国から選抜された選手が参加し、オリンピックやワールドカップで世界にチャレンジする選手を数多く輩出している。2014年に石見智翠館1年で参加した黒木理帆と2017年に福岡高2年で参加した永田花菜が2021年東京オリンピックに、2016年に国学院栃木2年で参加した田中笑伊が2024年パリオリンピックに出場。

2014年報告会で。前列右端はサクラxvの小林花奈子(アルテミ・スターズ)
15人制ワールドカップには2017年大会に黒木理帆、2015年に都立青山3年で参加した塩崎優衣と東農大二1年で参加した津久井萌の3人が参加。津久井は2022年、2025年と3大会連続出場を果たし、2014年に石見智翠館1年で参加した小林花奈子、2018年に熊谷女子2年で参加した香川メレ優愛ハヴィリは2025年大会に参加した。7人制では、昨年12月のワールドシリーズドバイ大会で男女を通じてラグビーの世界大会で歴代最高順位となる3位になった女子7人制日本代表「サクラセブンズ」で2017年の永田花菜、2019年に佐野高2年で参加した秋田若菜が活躍中だ。
国内大会での活躍も目覚ましい。2月1日に決勝が行われた全国女子選手権には、2016年に福岡から参加した谷山美典、2018年に石見智翠館から参加した人羅美帆が優勝した横浜TKMで、2014年の小林花奈子、2015年の津久井萌、2018年に福岡から参加した林かんな、2019年に国学院栃木から参加した梅津悠月、東筑から参加した安永佳奈の5人が横河武蔵野アルテミ・スターズで出場していた。
女子のトップカテゴリーの大会では必ずGame On English卒業生に出会うといっても過言ではない。女子の卒業生たちは男子に先駆けて世界のステージで羽ばたいていると言えそうだ。

2018年女子プログラムの現地で。後列左から3人目がサクラxvの香川メレ優愛ハヴィリ
女子もまた、競技力だけでなく、競技を支える側の人材も育成。2016年に独協埼玉2年で参加した富谷野乃は、同志社大を経てPR会社に進み、ラグビーを伝えるメディア、盛り上げる側で活躍。同じ2016年に佐野日大から参加した久保光里は慶大に進んで東京山九フェニックス、横河武蔵野アルテミ・スターズで活躍したがいったん引退してアナリストを志し、再びプレーヤーに戻って静岡のアザレアセブンに入団。地域に根差したラグビー普及と自身のプレーの二兎を追いかけている。
ライフステージを変えながら、いろいろな形でラグビーに、社会に関わり続けている彼女らの姿勢には、若い時代にニュージーランドで多様性を尊重する文化を経験したことが影響していそうだ。
実際、今年留学した男子選手たちは報告スピーチで「ラグビーだけでなく、サステナブルでジェンダー平等なライフスタイル、先住民であるマオリの文化を大切にする国民性を学んできました」と口を揃えた。
ニュージーランドは世界で最初に女性が参政権を持ち、世界初の女性首相が生まれた国だが、奥深さはそれだけではない。訪れたひとはみな、バリアフリーやユニバーサルデザインの普及ぶり、ハンディキャッパーが尊重される文化の徹底ぶりに気づき、感銘を受けるはずだ。コロナを経て、円安もあって内にこもり、自国人最優先、弱肉強食が声高に叫ばれるようになった日本ではあとまわしにされそうな大切なことを、心が柔らかい10代で経験してくること、それもラグビーという激しくリアルなスポーツと並行して経験してくることの価値は計り知れない。
10代でそれを経験した若者たちには、それから社会で活躍する時間がいくらでもある。活躍できるステージは世界に広がっていること、そこは決して遠くないことも皮膚感覚で学べている。ちょっとした障害など難なく飛び越えられる瞬発力と、そこに挑むチャレンジ精神も、この留学で身についている。

2015年壮行会で。ニュージーランド航空から移動の機内の過ごし方についてのレクチャーも行われた
ニュージーランドは世界で最初に女性が参政権を持ち、世界初の女性首相が生まれた国だが、奥深さはそれだけではない。訪れたひとはみな、バリアフリーやユニバーサルデザインの普及ぶり、ハンディキャッパーが尊重される文化の徹底ぶりに気づき、感銘を受けるはずだ。コロナを経て、円安もあって内にこもり、自国人最優先、弱肉強食が声高に叫ばれるようになった日本ではあとまわしにされそうな大切なことを、心が柔らかい10代で経験してくること、それもラグビーという激しくリアルなスポーツと並行して経験してくることの価値は計り知れない。
10代でそれを経験した若者たちには、それから社会で活躍する時間がいくらでもある。活躍できるステージは世界に広がっていること、そこは決して遠くないことも皮膚感覚で学べている。ちょっとした障害など難なく飛び越えられる瞬発力と、そこに挑むチャレンジ精神も、この留学で身についている。
大友信彦(おおとものぶひこ) 1962年宮城県気仙沼市生まれ。気仙沼高校から早稲田大学第二文学部卒業。1985年からフリーランスのスポーツライターとして『Sports Graphic Number』(文藝春秋)で活動。ラグビーマガジンなどにも執筆。 プロフィールページへ |

大友信彦