楕円球タイムトラベルBACK TO 1998「胸を張って――明大・田中澄憲主将「この1年」 | ラグビージャパン365

楕円球タイムトラベルBACK TO 1998「胸を張って――明大・田中澄憲主将「この1年」

2019/01/20

文●大友信彦


明大が大学チャンピオンの座に帰ってきた。
1月12日に行われた大学選手権決勝で、天理大を撃破。スコアは22−17だった。
長く低迷していた明大を復活に導いた指揮官は、田中澄憲監督。
サントリーで選手として、チームスタッフとして、土田雅人、清宮克幸、エディー・ジョーンズらの名将の指導に接し、学び、観察し、咀嚼し……その経験を昇華させた結果が、明大の監督に就任して1年目の復活優勝だった。
その田中監督は、自身の主将時代は優勝を果たせなかった。
優勝から見放された22年間は、実は田中キャプテンが率いた1997年度から始まっていた。なぜ、どのように、明大は勝てなかったのか。それは、断片的にしか伝えられていない。
RJ365では今回、田中監督の明大主将時代をレポートした記事を「発掘」した。
田中監督の学生時代に密着取材していた本サイト・スーパーバイザー大友信彦のレポート。
そこには、21〜22歳の大学生が向き合うには重すぎる現実があった。
だが、この酷な経験があったからこそ、今回の復活はあったのだ。
22歳の若者が、苛烈な現実と向き合いながら頂点を目指した20世紀末の八幡山へ、タイムトラベル!

紫紺のジャージー姿の田中監督(1998年4月の日英大学対抗ラグビーで)

紫紺のジャージー姿の田中監督(1998年4月の日英大学対抗ラグビーで)

フィールドを駆ける小柄な主将の顔は、なにか憑きものが落ちたように晴れやかだった。1週間前の大学選手権決勝まで、試合中の田中澄憲の表情は、いつも周囲を観察することにエネルギーの多くを費やしているように見えた。

しかし、1月11日の国立競技場、サントリーとの日本選手権1回戦はまったく違っていた。両チーム30人の格闘に思いを巡らす間もなく、瞬時に体が反応する。そんな自らの充実感が、体を芯から貫いていたのだろう。同時に、その様を見つめていたファンもまた、幸福感に包まれていた。紫紺の何人は社会人準優勝チームを相手に、自陣深くからでも臆することなくボールを動かし続けた。敵のキックが少しでも長ければ、タッチに逃げずにカウンターアタックにチャレンジ。ノックオンには陣地を問わずに逆襲のラッパが吹きならされる。FB岩倉大志が、WTB山品博嗣、福田茂樹が、PR林丈太郎もLO鈴木健三も、我も我もとサポートに駆けよがる。人数が余っていなかろうが、とにかくボールを動かして前へ。前半は17−20とリードされたとはいえ、トライ数では3対2。


後半は開始直後にSO伊藤宏明とCTB松添健吉のループからブラインドWTB福田茂樹を投入して鮮やかなトライを決め、15分には自陣スクラムから右8、9で抜けた田中主将がタッチライン沿いを70m独走して右隅へ。サントリーが強力モールを軸に4トライをもぎ取り、29−46と逆転されても若者たちの躍動は変わらなかった。33分にはキックオフから7つのラックを連取し、アドリブで左WTBにポジショニングしたLO鈴木が左隅に飛び込むという痛快なトライまで生まれた。


結果は36−58。”ゼッタイ負けられない。”という社会人の意地が学生2位を退けたが、明大の6トライは日本選手権で学生が挙げた最多タイ。36点は75年度の明大が挙げた37点に次ぐ史上2位の記録だった(注=ともに当時)。だがそんな数字以上に、本能のままにフィールドを走り回る紫紺の戦いぶりは、雪の残る国立のスタンドに集結したファンの胸に、強いインパクトを持って刻まれたに違いない。

「今年目指してきたラグビーを、本当に心の底から楽しめました」


湯気がのぼるジャージー姿のまま記者団に囲まれた主将は、そう振り返った。頬に一筋、濡れた軌跡が光っている。


「試合前、今日は1年間やってきたことのベストパフォーマンスを見せようと言ったんです。みんな、勝ち負けを意識しないで楽しんでたと思いますよ。ケンゾー(鈴木)がWTBにいるなんて、びっくりしました。アレがグローバルスタンダードですか?(笑)。僕らはあんなプレーも出来たんだなあと、最後に実感できた。いつものメイジだったら攻めなかったようなところからも、散らして散らして……相手の人数が揃ってても”どうにでもなれ”って感じで。サントリーもデイフェンスしにくかったんじゃないですか。まあ、こっちにとっては、フツーにやって勝てる試合じゃないですから」


1週間前の大学選手権決勝ではFW戦に固執。後半25分から7度もゴール前スクラムを組みながらついにトライを奪えず、関東学大に初の頂点をなさしめ、選手権3連覇の野望も砕かれた。しかしそのときとは別人のようなメイジの戦い。

「やるべきことはコレだったのかな」と田中は言った。

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