「このままでは悔いが残る」。出場機会をもとめプロ転向、サンウルブズへ―竹田宜純(FB) | ラグビージャパン365

「このままでは悔いが残る」。出場機会をもとめプロ転向、サンウルブズへ―竹田宜純(FB)

2020/03/14

文●編集部


スーパーラグビー、ヒトコムサンウルブズFB竹田宜純がクルセイダーズ戦を前にテレビ電話取材に応じた。

――遠征がすごく長くなった。チームの雰囲気


日本人選手は確かにいつ帰れるか不安ですが、そのことについて一人も出すことなく、外国人選手とコミュニケーションとりながらやっています。「家族の調子はどう?とか」「日本に帰れなくてごめんね」とか気を使っていもらっています。なんで謝れるのかな(笑)。でもいい雰囲気でやっています。


――困っていることは?


そんなにないですね。日本食食べられないかなと思っていましたが、町にでればお店もありますし。大丈夫です。


――ブリスベン界隈はコロナの影響なく生活出来ている?


できていると思います。マスクしている人はいないですね。


――相手(クルセイダーズ)は、メンバーを入れ替えているとはいえ三連覇中の相当強いチームですがどんな印象がありますか


確かにメンバーが入れ替わったこともありますが、自分たちのプレーをやるだけです。プランが変わることなく自分たちのプラン遂行するだけです。


――先週の試合、いい時間帯もあった。その時間帯を伸ばすために何が必要だと感じているか


前回もミスが多く、自分たちのボールをキープすることができなかった。しっかりボールをキープして自分たちのプランを遂行できれば自分たちのラグビーができると思っています。

トヨタ自動車を辞めたのは11月2日。大学の同期・中村亮土の言葉が後押ししてくれた

2014年にルーキーイヤーながら4トライを奪い活躍した。

2014年にルーキーイヤーながら4トライを奪い活躍した。

――サンウルブズへののチャレンジの動機


トヨタ自動車は11月2日に正式にラグビーを退部しました。その理由はラグビー選手として出場機会を増やしたかったからです。日本のラグビーワールドカップ開催で特に大学の同期でもある中村亮士や先輩、後輩たちが活躍している姿を見て刺激を受けました。そんな中、サンウルブズで出場できるとチャンスをいただけたので、自分にとってはありがたいなとおもってすぐにチャレンジの意思を伝えました。

――両親やご兄弟には相談したのですか?


親にも「辞めました」といいました。(笑)相談しなかったですね。家族がいることなんで、しっかり考えろよ、と言われました。


――スーパーラグビー、サンウルブズを体感して感じたこと


試合をやる前はすごくテレビをみている世界できっとレベル違うんだろうなと思っていましたが、スーパーラグビーキャップを持っている選手たちと一緒に練習を積み重ねて、ブランビーズ戦を戦いました。緊張してミスもしてしまいましたけど、以外に日本人選手でもできるな、割とできるなというのが正直なところです。

帝京大学在籍時は、同期の中村亮土とともに大学選手権5連覇に貢献した。

帝京大学在籍時は、同期の中村亮土とともに大学選手権5連覇に貢献した。

――当然この先には2023年ワールドカップが目標としてありますか


ラグビー選手である以上、そこは目指したいです。大学の同期、中村亮土の活躍、存在は大きいですね。大会前もご飯一緒にいったり、トヨタを辞めるときに相談しました。「宜(よし)なら違うところでできる」と後押ししてくれました。



――サンウルブズが終わったあと、どこかでプレーしたいイメージはありますか


まずは今のサンウルブズに集中して、自分のプレーができたらと思います。

――プロになることを決めた大きなものとは


人生は一度ということで、このままでは悔いが残ると思ったので。3人の子供に対しても、悔いが残った自分を見せたくなかったということで。


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