大鶴誠―公募からJTSに選出!「ここは自分にとって大きなチャンスですし試練だとも思っている」 | ラグビージャパン365

大鶴誠―公募からJTSに選出!「ここは自分にとって大きなチャンスですし試練だとも思っている」

2026/02/25

文●編集部


2月23日、東京都内で将来のラグビー日本代表選手の強化・育成を目的とした、エディー・ジョーンズHC肝いりの「JTS(ジャパンタレントスコッド)プログラム2026」のキャンプ2・初日の練習が公開された。

 

33名の選手が参加していたが、最もファンの注目を集めたのは、やはり公募で申し込み、見事にJTSに選ばれた京都大学医学部に在籍しているSO大鶴誠(3年、灘)だろう。練習後に大鶴がメディアに対応した。

SO大鶴誠(京大)

――キャンプ2の初日でした。

新しいメンバーも多くて、新しいシステムのところを全員が理解できていないところもありましたが、初日からハードで、走る距離も長かったが、コミュニケーションが取れて良いスタートが切れたかなと思います。

――公募でJTSに参加しました。どういうきっかけだったのでしょうか?

小さい頃から日本代表を目指していたが、なかなか(京都大学ラグビー部は)関西Bリーグに所属していて、なかなか広く皆さんに見ていただく機会はなく、ただ自分なりのチャンスを探していた。今回、本当に見つけたときは最大のチャンスだなと感じて、ぜひ申し込もうと思いました。


――申込書にはどういったことを書いたのですか?

アピール文とアピール動画というところを作りましたが、僕のアピールに関してはまずはハングリー精神のところ、どの環境でも(日本)代表というところは最終的には自分の努力次第だと思うんですけども、人一倍、成長したいという思いは強いというところを書きました。

――チームとか協会サイドから問い合わせとか確認が来たりしたのか?

僕自身にはなくてでも、周りの話を聞くと、僕の周りの人や関西協会の方とか僕のプレーを見たことがある方には質問されているんだな、というのは雰囲気で感じました。ただ直接は言われてはないです。


――JTSに選ばれたということに関しては、子どもの頃の夢が実現したって感じだったのでしょうか?

本当に選ばれた時は正直、震えました。ここからがスタートだなって感じました。(実際プレーして)キャンプ1が始まって、やっぱり強度も高くてスピードも速くて、本当にやっぱりエディー(・ジョーンズHC)さんが日本代表が世界に勝つために求められるレベルというのが高いので、最初はまずは慣れてついていくところが自分の課題だったんですけど、だんだんとスピードにも慣れてきて、SOでやっぱり指示するポジションなので、人より早く動いて考えて、だんだんと自分の持ち味であるランも出してきたかなという印象です。

――今、エディーさんから言われていることは?

ポジション柄、エディーさんとミーティングは少ないですけど、やっぱり動きながらもらえというところ(は言われる)。SOなので、オプションをしっかり持ちながら、動きながら、仕掛けながら、(ボールを)もらいなさいというところは言われています。

――キャンプ2初日でしたが、キャップ1もこれくらいハードでしたか?

そうですね、(キャンプ1と)同じ感じだと思います。(キャンプ2)初日で結構、新メンバーがいる中ではなかなかハードだったかなと感じています

――キャンプ2は誰と同じ部屋ですか?

SOの渡邉(立正大)と一緒です。キャンプ1は岸、生田と近いポジションの選手といっしょでした。

――エリート選手が多い中で、感じていることは?

普段の試合だったらここは外で捕まるかなと思ったところが、(WTBんの選手が)一人で打開して裏出たりみたいなところもあって、最初はそこに先に予測して動くっていうのは難しかったんですけど、キャンプ1を通じて、ここはチャンスになりそうだなっていうシーンも分かってきたので、キャンプ2はそこにもっとリアクションできるようにしていきたい。

――エディー・ジョーンズHCの印象は?

2015年ワールドカップの時からも、練習が厳しいという話が聞いていて、自分自身もそこに気持ちを準備していったんですけど、本当にグランドで求められているレベルが高くて、厳しい指導もある。ただ、しっかり日本代表がすべきハードワークをしたら、素晴らしいと褒めていただいて、そこは自分のモチベーションになっています。また食事の時は本当に笑顔で話しかけてくださって、僕は「京都ジョー」と呼ばれているんですが、本当に笑顔で話しかけてくださって、本当にいい人だなと思います。僕はやっぱり「試験、大丈夫か?」と言われています。

――大学で授業と練習の両立は大変?

基本的に京都大学ラグビー部としては、普通の学部の試験期間には、練習がないが、僕の所属する医学部は定期的に試験がある形で、試験週間に詰まって試験という形じゃなくて、授業が終われば試験があります。僕はリーグ戦だったら、日曜日にリーグ戦の試合して、月曜日に試験があってその日はちょっと徹夜して勉強するという形です。でも試合の次の日オフなので月曜日はリカバリして、火曜日から練習に臨むという感じです。なんとか寝る時間をちょっと削って両立しているかなと。

――体育会でラグビー部でやりたいと思っていたんですか?

そうですね。一番、京都大学に入った理由は、兄(健)の存在で、学年としては2つ上に兄がいて、同じ高校(灘)から同じ大学、同じ学部で、僕は京都大学ラグビー部の主将を務めるんですけども、2年前の主将をしていて、兄と本当に一緒にラグビーしたいという気持ちで京都大学を選びました。本当に兄はいい選手で、僕よりも上手いし、体も大きい選手で、そこに憧れた。医学の勉強をしながら体育会の主将をして、1年間やりきった姿を見て、本当に見習うべき姿だなと感じていました。(医学部は)規定では6年間は試合に出られます。どの学部でも大学院でも、特に京都大学はそういう選手が多いんですけど、6年間はリーグ戦に出ていい。僕は、まだ決めていないですが、ルール上は出られる。今、(兄は)5回生なんですけど、去年のリーグ戦は一緒に出ました。

――日本代表になりたいと応募されて、順調にいくとこの先も呼ばれて、リーグワンからも誘われる状況も出てくる可能性はありますが……

自分の今の目標はU23代表に入ること、それでオーストラリアに行くこともただ一つだと思っています

それ以上、先のことはどっちにしても選ばれてからしか始まらないだろうし、やっぱりここは本当に自分にとって大きなチャンスですし試練だと思っています。このキャンプを本気でやっていきたいと思っています。

――先のことはステップアップが実現したら考える?

そうですね。最終的には、(日本代表)呼んでいただけることは本当に僕が目指してきたことなので嬉しいですし、大学の方とも話しながら決めていきたいと思います。

――ラグビー日本代表っていつからなりたいと思っていたのですか?

幼稚園や小学校とかで夢を聞かれた時には答えていました。きっかけは父がラグビーしていて、1歳の誕生日にラグビーボールとラグビージャージをプレゼントしてもらったみたいで、ボールといえば楕円球なんだと、ラグビーの英才教育を受けて育ってきたので、本当に昔から言っていました

――ラグビー日本代表で憧れた選手とかはいた?

やっぱり一番、衝撃を受けたのは2015年のワールドカップで、自分自身もまさか勝利するとは想像してなくて、衝撃を受けて、実際に生で夜中に起きて、父と兄と3人で見ていたんですけど、日本代表でも勝てるんだと、やり方をしっかり考えていけばいいと感じた。その点、僕は他の選手と違いを出せるところは頭脳だと思っているので、考えてラグビーをするというのを意識して、日本代表を目指したいと思いました。(その時は)小学校4年生頃かなと思います。


――誠(ジョー)という名前の由来は?

両親が海外に行っても呼びやすい名前ということで、まずジョーという音から入って、それに合う漢字を名前だけが載っている辞書で探したときに誠実の誠で、ジョーとなり、パスポートもJOEという英語表記にしています。

――勉強はいつ頃からできると思っていましたか?

本当に自分自身勉強できると思ったことはなくて、中高なら灘に通っていたが、(クラスメイトで)一緒に喋っていてもこの人天才だなって思うことが多くて、自分自身はどちらかというと昔から結構、努力型というか、ラグビーしながら平日の夜、小さい頃から塾に行ったり、中学の練習後はしっかり勉強したりしていた。(灘や京都大学を志望した理由は)一番大きな理由はやっぱり兄がいて、3つ上の兄が目指していたので僕は、あまりどこに行きたいとか考えるよりは、兄と同じところに行きたいという気持ちで勉強していました。

――医学の道を目指し始めたのは?

父が医師をしていまして、父の働いている姿を間近で見ていて、昔からラグビー日本代表を昔から目指していたけど、ラグビーというのはいつか引退があって、いつケガするかもわからないですし、長くできて30数歳までしかできない。やっぱりその後は人の役に立たちたいと思って、それが一番、身をもって体験できるのが医師という姿かなと思った。小学校の卒業の文集の夢とかでは、ラグビー日本代表と医師と両方、書いていましたね。


――進学校に通っていた経験はプラスに働いていますか?

灘と京都大は、校風としまして自由を重んじる学校で、その点はラグビーに関しても、こういう形でやりなさいと言われることより、自由に選手たちで考えてやりなさいというのが多いです。そこで僕の強みのランとか、あとは自習練習でできるパス、キックなどは本当に大きく伸びたかなと感じています。

――同期は矢崎選手(早稲田大3年)や竹之下選手(明治大3年)などがいて日本代表に選ばれています。

矢崎選手とはスクールの時は何回も試合したことがあり、僕はスクールの時はセンターやっていて、対面で何回か試合したことがあります。(竹之下選手とも)試合をしたことがあります。

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