PRAY FOR TONGA | ラグビージャパン365

PRAY FOR TONGA

2022/02/17

文●編集部


このたびの海底噴火と津波の犠牲になられた皆様へ心からのお悔やみと、被害を受けたトンガのみなさま、並びにトンガゆかりのみなさまに、改めてお見舞いを申し上げます。

日本のラグビーの歴史はトンガからやってきた仲間たちの存在なくして考えられません。1980年に大東大にノフォムリ・タウモエフォラウさん、ホポイ・タイオネさんがそろばん留学生としてやってきたのがすべての始まり。

 

1986年度には2代目の留学生、シナリ・ラトゥさんとワテソニ・ナモアさんを中心にして大東大が大学選手権に初優勝。1987年の第1回ワールドカップにはノフォムリさんとラトゥさんが日本代表として出場。以降、大学チーム、社会人チーム、日本代表、各地の高校にもトンガからの仲間は次々とやってきました。

 

日大-釜石SW-NTTコムを経て宗像でプレーするトロケマイケル。父ソロモナさんはクボタ-釜石SWでプレーした

日大-釜石SW-NTTコムを経て宗像でプレーするトロケマイケル。父ソロモナさんはクボタ-釜石SWでプレーした

ワールドカップだけを見ても1991年のジンバブエ戦初勝利にはシナリ・ラトゥさんが、2015年の南ア撃破にはアマナキ・レレイ・マフィさんが、2019年の8強進出にはマフィさんとヴァルアサエリ愛さん、ウィリアム・トゥポウさんの大活躍がありました。

桐生第一のナモア・ファタフェヒ、ワテソニ・ナモアさんの息子だ

桐生第一のナモア・ファタフェヒ、ワテソニ・ナモアさんの息子だ

リーグワンでもほぼすべてのチームに、トンガにルーツを持つ選手たちが在籍して活躍していますし、日本でプレーしたトンガ系の選手の子どもたちが、日本で育った選手としてシニアレベルでプレーしています。トンガの仲間は、今も日本ラグビーの歴史を一緒に作っている仲間なのです。

シナリ・ラトゥさんの息子クルーガー。大東大からパナソニックを経て現在相模原ダイナボアーズでプレー

シナリ・ラトゥさんの息子クルーガー。大東大からパナソニックを経て現在相模原ダイナボアーズでプレー

 

現役当時のシナリ・ラトゥさん

現役当時のシナリ・ラトゥさん

トンガのみなさまに一日も早く明るい日常が戻り、日本で暮らすトンガにゆかりのみなさまも安心して過ごせる日が戻りますことを心より祈念しております。

今回、トンガの復興支援にあたり、シナリ・ラトゥさんが代表理事を務める(一社)日本トンガ友好協会と、ジャパンラグビーリーグワンに、それぞれ30000円を寄付いたしましたことを報告いたします。

 

 

RUGBYJAPAN365
大友信彦
斉藤健仁
西澤潔

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