「ワールドカップは困難への挑戦だった」・チェスター・ウイリアムズ(元南アフリカ代表WTB)特別インタビュー | ラグビージャパン365

「ワールドカップは困難への挑戦だった」・チェスター・ウイリアムズ(元南アフリカ代表WTB)特別インタビュー

2014/07/17

文●大友信彦


7月、南アフリカ代表WTBとして、1995年W杯で優勝メンバーとなったチェスター・ウイリアムズ氏が来日した。

チェスター氏といえば、1995年W杯に優勝した南アフリカ代表スプリングボクスにあって、唯一の非白人選手として活躍。アパルトヘイト(人種隔離)政策を撤廃し、ネルソン・マンデラ元大統領のもと、人種融合国家として再出発した新生・南アフリカの象徴的存在となった人物だ。そのストーリーは、クリント・イーストウッド監督の映画「インビクタス」でも紹介されたので、記憶している読者も多いだろう。引退後は7人制南アフリカ代表やスーパーラグビーのキャッツ、南アフリカA代表などを指導。さらにウガンダ代表やチュニジア代表、ルーマニアのクラブ、ティミショアラなどで豊富なコーチ経験を積んだ。

今年は南アフリカの民主化から20周年にあたり、チェスター氏は南アフリカ観光局が主催する「南アフリカ トレードワークショップ」の特別ゲストスピーカーとして来日。7月2日に大阪、同4日に東京で開かれたトレードワークショップに参加したほか、日本全国を回ってラグビークリニックを開催したり、東北の被災地を訪問するなど精力的に活動した。

折しも、2016年にはスーパーラグビーの南アフリカ・カンファレンスに日本代表チームが参戦へというニュースが流れ、南アフリカ出身選手のトップリーグでの活躍とさらなる加入を受け、日本における南アフリカ・ラグビーへの関心はかつてなく高まっている。そこでRJ365は、チェスター氏の日本滞在最終日に、特別インタビューさせていただいた。(インタビュー収録・2014年7月11日)

 

日本チームはスーパーラグビーでも、そこそこ健闘するんじゃないか

――2016年から日本チームがスーパーラグビーに参入するというプランが報道されています。これについてどうお考えですか。


チェスター・ウィリアムズ(以下CW) よい案だと思います。私自身、日本のラグビーの試合は南アフリカでもテレビで見るし、日本でプレーしているスプリングボクスの選手の活躍も知っています。彼らは南アフリカに帰国すると、必ずメディアに日本ラグビーのことをインタビューで聞かれるのですが、彼らのコメントを読んでも、日本のラグビーのレベルの高さをリスペクトしていることがよく分かります。

特に、日本代表チームはエディー・ジョーンズ・ヘッドコーチ(HC)のもと、進歩を続けている。日本チームはスーパーラグビーでも、そこそこ健闘するんじゃないかな? 日本代表のメンバーを中心に、南アフリカのメンバーを何人か加えて参戦すれば、いい結果が出ると思う。



――スーパーラグビーでは日本チームは南アフリカ・カンファレンスに参入するということで検討されていますが、日本と南アフリカを往復しながら大会を進めるのは、かなりコストがかかりそうです。


CW 正直、そこは難しいところだと思います。南アフリカと日本はとても離れている。今回、私が来るのにもとても時間がかかった。私の場合はケープタウンからジョハネスバーグまでの国内線も入れて、30時間くらいかかった。この条件でリーグ戦を行うことは、お互いにとって負担が高すぎる。疲労もたまるし、お金もかかる。ケガのリカバリーの問題もある。南アフリカの選手、日本の選手、双方にとって厳しすぎる。現実的ではないと思います。

むしろ、南アフリカにベースを置いて活動する方が現実的です。

フランチャイズとして考えられるのは、ケープタウンです。ストーマーズが本拠地としているニューランズ競技場(収容5万1000人)のほかに、2010年のFIFAワールドカップで使用したケープタウンスタジアムがある(収容6万4000人)。それなら、南アフリカの選手も入りやすい。私はケープタウンをお勧めします。

 

――ケープタウンは気候も日本に似ているし、南アフリカの都市の中では治安の良いところですね。しかし、日本のファンは、日本でスーパーラグビーの試合を見たいと思っています。南アフリカのチームがオーストラリアやニュージーランドへ遠征する際、日本まで足を伸ばすスケジュールを組めないかな、と思うのですが……。


CW お気持ちは分かりますが、簡単ではないと思います。2016年からの新しいフォーマットでは、オーストラリア、ニュージーランドとは別のカンファレンスとして大会が運営されることになります。運営コストのことも考えないといけない。



――その条件を理解した上で、日本はスーパーラグビー参戦を決断しなければならないのですね。今回の来日では日本の各地を回られたようですが、その感想を聞かせてください。


CW 日本は本当に素晴らしい(アメイジング)国だと思いました。人々は規律があって、どこへ行っても礼儀正しく、心から歓迎してもらえた。特に素晴らしいのは交通システムです。時間に正確で、清潔。町もどこへ行っても美しいし、なにより食べ物が素晴らしい。私は刺し身が大好きなのですが、今回は鉄板焼きも気に入りましたし、お好み焼きにもチャレンジしました。美味しかった。

 

――ラグビーのクリニックも行われたそうですね。


CW 子どもたちからは、積極的に学ぼうという前向きな姿勢を感じました。いいスキルが身に付いているし、このままラグビーを続けていって、チームワークを高めていけば、日本のラグビーを発展させてくれると思う。期待しているよ。



――今回の来日で、東日本大震災被災地の釜石へも行かれたそうですね。


CW はい。まだまだ厳しい状況でした。本当に悲しい出来事で、まだその傷は癒えていない。けれども、子どもたちが学校から逃げて助かった場所、若い子たちが犠牲者を出さずに助かったという現場も見てきました。また、釜石シーウェイブスのラグビープレーヤーが、市民の命やコミュニティを救けるために尽力したという話も聞きました。今も苦しみの中にいるけれど、復興への前向きな思いを感じることができた。そのために、ラグビーも力になろうとしていることを嬉しく思いました。


――その釜石に訪問されたのと時を同じくして、2019年ラグビーワールドカップ招致に立候補しました。


CW はい。ファシリティはこれから整備していくことになるだろうし、問題ないと思う。少し気になったのは交通のインフラかな。東京から釜石へ行くのは私にとっても長旅だった。ただ、キャンプ地が遠くないエリアにあれば選手の負担も減るだろうし、被災地でワールドカップの試合を行うことには大きな意義があると思う。困難な状況から、人々が力を合わせて何かを成し遂げようとする、復興しようという姿を、世界から訪れる人たちに見せることができる。これは素晴らしいことだ。


 

スタジアムのピッチに立っていると、五感のすべてを通じてスタジアムの熱狂、国民全体のサポートを感じた

――ご自身、1995年のワールドカップでは、困難な状況から立ち上がる南アフリカを世界の人に見てもらった側でしたね。


CW 素晴らしいサクセスストーリーだったと思う。あの大会は本当に特別だった。それまでの南アフリカは黒人、カラード、白人が別々のコミュニティで、互いを理解せずに暮らしていたけれど、あのときはちょうどネルソン・マンデラ大統領のもとで新しい南アフリカが誕生したばかりのときで、ワールドカップを通じて国に平和と調和がもたらされ、今は互いに異なる文化を尊重する国になりました。ワールドカップはその象徴になりましたね。


――プレーしていて特別な感覚がありましたか?


CW ありましたとも! スタジアムのピッチに立っていると、目や耳からだけではない、五感のすべてを通じてスタジアムの熱狂、国民全体のサポートを感じました。それまで私たちにはまったく関心を払わなかった白人の人たちが、ボクスの一員としてプレーする私のことを熱心に応援してくれた。私も南アフリカのためにハードワークした。幸せな体験でした。


――それ以前の試合では感じられなかったことですか?


CW 前の年も私はボクスのホームゲームでイングランドと対戦したけれど、15対32で負けてしまいましたからね(笑)。プレトリアでの試合だったけれど、スタジアムの雰囲気はひどいものでした。黒人たちはイングランドを応援していましたよ(笑)。

――95年ワールドカップの決勝は、ワールドカップで初めての延長戦で、しかも標高の高いヨハネスバーグで行われました。これは南アフリカには有利だったのでしょうか。


CW それはあったかもしれないね。ヨハネスバーグは標高が高いから空気が薄い。慣れていない選手には厳しいロケーションだと思う。私たちはそこで試合をすることに慣れていたし、気持ちも昂揚していたから、試合中は疲れを感じなかったけれど、試合が終わったらものすごい疲労感が襲ってきたのを覚えている。本当に、何もできないくらいヘロヘロになったよ(笑)。ただただ幸せだった。私たちはラッキーだったんだな。



――その素晴らしいワールドカップが、2019年には日本にやってきます。


CW 素晴らしい大会になることを確信しています。私も、どんな形でもいいからサポートできればいいと思っています。日本でコーチをできたらいいな、特にトップリーグのチームでコーチができたらいいなと願っています!

 

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http://www.south-africa.jp/(外部サイトに遷移します)

大友信彦
(おおとものぶひこ)

1962年宮城県気仙沼市生まれ。気仙沼高校から早稲田大学第二文学部卒業。1985年からフリーランスのスポーツライターとして『Sports Graphic Number』(文藝春秋)で活動。’87年からは東京中日スポーツのラグビー記事も担当し、ラグビーマガジンなどにも執筆。

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