2013年11月9日、エディンバラ、マレーフィールド。日本代表がスコットランド代表とテストマッチを行う。スコットランドとの対戦成績は1勝6敗。唯一勝利を収めた1989年秩父宮で行われた一戦。歴史が動いた80分間をプレーバックした永田洋光氏による〜『栄光までの80分』歴史を創ったフィフティーンが証言する〜を公開。 敵地エディンバラでの勝利を祈念してすべてのラグビーファンに贈ります。24年前の歴史が変わった瞬間へタイムトラベル!
僕たちの目の前で歴史が動いた。
昭和43年にNZでオールブラックスジュニアを破って世界の舞台にデビューした日本代表が、IRBオリジナルメンバーのスコットランドから初勝利を奪い、21年ぶりにその次のステップヘ踏み出した。僕たちが目撃したのは、そんな歴史の瞬間だった。
「あんだけ、勝つのが難しいとは思わなかったです」——この試合でジャパンに復帰し、FWリーダーとして勝利を支えた藤田剛の言葉だ。
「もう目先の1秒、1秒が勝負で、勝算とか、そんなこと考えている余裕なんかありませんでした」と主将の平尾誠二も振り返る。
誰もが力を抜くことなく、最後の最後までタックルを繰り返し、走り続け、苦しみ抜いた80分間が、歴史を創り出したのだ。
80分間。その時間をグラウンドで過ごした15人の男たちは、どんな思いを胸にこの一戦を戦ったのだろうか? 彼ら15人の証言からその80分間を再現してみよう。
吉田のトライで揺らいだスコットランドの牙城
「この試合の1週間前からずっと集中してました。緊張もしましたけど、やる気がありましたね」
この試合で初キャップを得たFLの梶原宏之はそう振り返る。同じFLで、これまた初キャップの中島修二も「1週間前にメンバーが発表されてから、体調考えてビールを一滴も飲まなかった。(試合当日が)暑くなるかな…と思って。だから果汁百パーセントのジュース飲んで、ハリにも行って体調を整えてました」と語る。摂生したのは、なにも若手だけではない。もうベテランの部類に入るLOの大八木淳史も「1週間前から禁酒」している。
「今回のジャパンは個人で努力できるメンバーが集まっているんです。精神的にも肉体的にも勝つために一人で努力できる」と大八木。
「ロッカーはいい雰囲気でしたよ。宿沢さんから塩振ってジャージー渡された時は涙ものでした」これは去年のアジア大会で初キャップを得たFB山本俊嗣の感想。梶原はロッカーで平尾が「行くぞ!」と声を出した時のことを覚えている。「オレたちが頑張るのは、オレたちがジャパンやからや!」梶原の記憶によれば平尾はそのように煽ったそうだ。
5月28日午後1時55分。赤自のジャージーに身を包んだ日本代表がグラウンドに姿を現した。3万人近い観衆から大きな歓声が湧き上がる。「グラウンドに出るまでは大学の時といっしょやと思ったけど、目つぶって国歌聞いて目を開けた時、急に明るくなってスタンドに人が一杯いるのが見えたら、もう身震いしました。テレビで見てたことが現実になったんだなあ…」と、スクラムの強さを買われて今回初めて選ばれた田倉政憲は語る。青木忍も「初キャップということもあって、涙が出そうだった」と振り返る。
午後2時ジャスト。ついに試合が始まった。