男子SDS・熊谷合宿-本村直樹「スピードと持久力でチームがうまく回るように」 | ラグビージャパン365

男子SDS・熊谷合宿-本村直樹「スピードと持久力でチームがうまく回るように」

2020/10/15

文●編集部


10月8日(木)から16日(金)まで、来年の東京五輪に向けて男子SDS(セブンズ・デベロップメント・スコッド)20名ほどが鹿児島で合宿を行っている。

15日(木)、その中からスピードと豪快なランが持ち味の本村直樹選手(Honda Heat/筑波大出身)がオンラインで報道陣に対応した。

ラグビー人生で初の長期離脱―東京五輪には間に合うとおもってあまり重く捉えずにいた

――今回の合宿の練習の内容や強度は?


前からゲームをするという話で、合宿のちょうど真ん中くらいで、1回のセッションで、3分×4セットの試合をしました。実際にフルコンタクトのゲームができ、内容的にも決して悪くなかった。ラグビーできなかったのもあり、(ゲームは)大変でしたが、本気でぶつかりあっていましたが、ゲームができて楽しかった。昨年11月、フィジー遠征で、右のすね、腓骨の骨折をして以来のゲームだった。オリンピックに間に合わせるために、ケガしてすぐ手術しました。コロナ前に合宿したときに、次の合宿でフル参加しようと(思っていた)。4月はフルでやろうという感じだった。ベストではなかったが、今はいい感じに戻ってきていた。


――ケガをどのように受け止めた?


骨を折った瞬間、折れたかわからなかったが、ドクターと話していて、全然、間に合うと話をされていたので、そんなに重く捉えようとはしていなかったです。その前のシーズン、アジア大会から全大会回っていたので、2~3ヶ月くらい休めるかなと思っていたので、いい休養だと思って、深く、重く捉えずにいました。

足首をひねって、腓骨の真ん中がしっかり折れていたが、脛骨ではなかったし、くっついてしまえば、そんな(重傷ではない)のかな、と思っていました。自分自身は治れば大丈夫だと思ってやっていた。入院も手術も初めてで、その不安もあったが、ラグビーやっていれば、いつかはケガするんだろうなと思っていた。(それまでは)小さい肉離れはあったが、長期離脱は初めてだった。

――3月、東京五輪の延期が決まったときの感想は?


ケガ的には1年伸びた方がベストなコンディションでいけたかなという気持ちがあったが、あと3~4カ月後の7月に迫っていたのが1年伸びたのは、メンタル的に多少、難しかったでしたが切り替えるしかなかった。

コンディションを整えて、自分たちの持っているものをもっと上げられるというポジティブに捉えていこうという気持ちでした。チームとしての目標は変わらない。オリンピックでメダルと取るという目標は1年伸びても変わらない。そのために考えたら、切り替えて1年いい準備しないといけないなという形だった。(気持ちが切り替えられた)きっかけは、そういった話があったことでした。

――コロナ禍の自粛期間中、意識して取り組んでいたことは?


コロナ禍だからと意識した部分はなくて、Hondaのある三重はあまり(コロナが)出ていなかったので、仕事も普通に行っていた。普通にHondaのメンバーとラグビーができていたので楽しかった。特にどこを強化したことはなかったが、その期間にできるだけケガの状態を良くして次の集合に合わせたかった。自分のフィットネス練習にHondaのメンバーを巻き込みながら楽しくやっていました


――1年後のオリンピックに向けて、さらにレベルアップしたいことは?


課題は結構ありますが、今、思うのはジャパンがいい形で戦えたときは、絶対、みんながいいプレーができていた。チームとしてどういう雰囲気で練習して、試合に臨めるか、(小澤)大さんや(松井)千士と話して、いい雰囲気で臨めるようにと考えてラグビーしています。

――松井キャプテンのリーダーシップをどうみている?


(松井)千士は、今までは上の人がキャプテンを務めることが多かったが、上からこうしていこうということついて行くことが多かった。千士がキャプテンになって、リーダーだけでなく、いろんなところから話しやすくなったと思います。(小澤)大さんとの時も聞いてくれましたが、千士になって、下の方からも話しやすくなった。

自分がケガをした後にキャプテンになったので、ゲームのところにまだ入れていないです。みんな、自分がケガの後に合流したとき、個別にミーティングして、みんながどんどん意見を言うようになったと聞いていました。ゲームを1年ぶりにやってみて みんな話してくれるので、やりやすいだろうなと思います。千士になって変わってきた部分かと思います。

筑波大学時代(2014年対抗戦・対帝京大戦)

筑波大学時代(2014年対抗戦・対帝京大戦)

――7人制代表候補から筑波大でもいっしょにプレーした福岡選手が離脱しました。


(福岡)堅樹自体が、セブンズでどういうことを求められているかわかっていたので、そんなに戦術とかの話はしていないです。堅樹と(セブンズから離脱した)山内(俊輝/リコー)と大学最後の試合も出ていたので、もう1回できるとは思っていなかったと話をしていたが、(福岡から)「オリンピック(の開催が)伸びたらわからない」という話を聞いていました。(福岡は)やると決めたらけっこう真っ直ぐなので、こう(延期)なってしまったら、そう(離脱)なんだろうと思っていた。残念は残念ですが、もしまたもう1回ラグビーできたらいいなと思っていました。

――福岡選手に替わり、トライゲッターとして期待されているのでは?


(松井)千士もいるし、自分としては完璧なトライゲッターではないと思っている。周りの人が動きやすいように動いて、チームが上手く回るように(したい)。自分の良さはスピードと持久力だと思うので、周りが上手くいくように、自分が走り回って、(チームが)チャンスを取り切りたいと思う。

2018年、岩渕HCに指摘されたことで自分の一つのプレーの重さを考えるようになった

――ここ数シーズン、安定したパフォーマンスを出していた。


自分は(2018年)セブンズのワールドカップのときメンバーから一回、外れていて、(ヘッドコーチの)岩渕(健輔)さんの一発目の大会で外れました。そのときに『ミスの回数うんぬんではなく、チャンスでちょっとボール落としている』と言われました。そういうことはチームの士気にも関わってくると指摘されました。

そのときが2018年だったので、オリンピックまで2年あるタイミングでそういうふうに厳しいことを言ってもらったので、そこから自分のことを見つめ直しました。自分だけでなく、周りを見るようになったのというのはあります。士気という部分で、自分の一つのプレーの重さを考えるようになっていった。

――今回の合宿で得た収穫は?


今回の合宿は、試合があったので初日からグループに分かれて、練習でもAD(アタック&ディフェンス)がありました。チームとして、自分の方のグループはどんどん雰囲気が良くできた。収穫というか、これからですが、なんで、いい雰囲気でできていたか考えていって、それが、今後チームとして活動する上で、いい雰囲気でやるために、いつでもそういった雰囲気になれるよう、答えのようなものが見つかればいい収穫、合宿になったと思えると思います。


――ファンに向けて


自分たちは本当に結果を出して、それで応援に応えるしかない。これからも東京オリンピックのメダルに向けて、きつい合宿もたくさんあると思いますが、目標に向かって頑張っているので応援していただければ嬉しい。

記事検索

バックナンバー

メールアドレス
パスワード
ページのトップへ