RWC2011準々決勝「フレンチフレア・フランスは『うまくいかない現実』の消化に長けている」 | ラグビージャパン365

RWC2011準々決勝「フレンチフレア・フランスは『うまくいかない現実』の消化に長けている」

2011/10/11

文●大友信彦


ここで来たか。



フランスのファンでなくても、思わず膝を打ち、あるいは唸り、もしかしたら(イングランドを応援していた方なら)舌打ちしたかも知れない。

伝説に連なる試合となった準々決勝「フランス×イングランド」

「レ・ブルー」なんてオシャレなニックネームが生まれるよりもずっと前から、雄鳥のエンブレムをつけた軍団は、誰もマネできない、世界のどこにもないラグビーで、誰も予想しなかったスリリングな勝利を(時折)見せてくれてきた。それは、ラグビーファンなら知っていた。知っていたはずだけど……(やっぱり)ここで来たか。

ラグビーワールドカップ恒例。いつ出るか分からないけれど、大会に一度は必ず出る「フレンチ・フレア」を心待ちに、ファンはスタジアムへ向かう。1987年大会準決勝のオーストラリア戦、1999年準決勝と2007年準々決勝のオールブラックス戦……そして、そんな伝説に連なる試合が、準々決勝のフランス×イングランドだった。

最も優位性を作れるところへ長く正確なパスを放つダン・カーターのNZ流とも、正確なキックで優位性を作ろうとするジョニー・ウィルキンソンのイングランド流とも、まったく異なるゲーム構築。本職はSHのヤシュビリとパラで組んだハーフ団は、ゲインラインに近いところで素早くボールを動かし、僅かな隙間へ、トップスピードのランナーが次々と刺さってくる。タックラーに囲まれても、身体をスピンさせて突破。決して教科書には載っていないトライの取り方。同じ形では2度とできないトライの取り方。フレンチ・フレアが爆発するときは、まさしくそんなワン&オンリーが堪能できるのだ。

 

失点が多くても最後には勝つ――それがフレンチ・フレアだ

本職はSHだが、SOとしてプレーするパラ。ヤシヴィリとのハーフ団で試合をリードした(写真はNZ戦)

本職はSHだが、SOとしてプレーするパラ。ヤシヴィリとのハーフ団で試合をリードした(写真はNZ戦)

この日の激突、イングランドはプールBを1位で通過。アルゼンチンとスコットランドにはリードされながらじっくり反撃して接戦を勝ち抜いてきた。一方のフランスはプールAで2位。とはいえ、ほんの1週間前、プール最終戦ではトンガに14対19で苦杯。トップ8進出国では唯一、2杯を喫していた。しかも、勝った2試合も、日本とカナダに振り回され、ラスト10分で辛くも突き放したものの、ともに相手にとっての大会ベストゲームを演じさせてしまった。

シニカルに見れば、千鳥足でたどり着いた準々決勝。だけど、忘れちゃいけないことがある。フランスが世界のラグビーシーンで演じてきた数々の名勝負は、ほとんどが華麗なトライの取り合い。つまり失点も多い。互いに持ち味を出し切り、スリリングに攻め合う混沌の世界が生まれると、試合が終わったときにはフランスが勝っている……言ってみれば、それがフレンチフレアなのだ。思い出してみれば、フレンチフレアに焼き尽くされたチームの多くは、同じ試合で大会ベストトライをあげている(これは日本も例外ではない。2003年のフランス戦、伊藤剛臣のドリブル突破→栗原徹の魔法のステップとラストパス→大畑大介の猛加速で奪ったトライは、大会ベストトライのひとつにノミネートされたほどだ)。

 

「うまくいかない現実」を受け入れ、消化することに長けている

イングランドに勝った試合後、フランスの元名WTB、エミール・ヌタマックBKコーチはこう言った。

「フランスはふたつの顔を持っている。しばしば我々は最悪の顔を見せてしまうけれど、時々はものすごい顔を見せることがある」

チームのスタッフが言う言葉じゃないでしょ!と突っ込みたくもなるが、きっとそうなのだろう。常に同じテンションで、質の高い試合を続けるのが理想なのは当たり前だけれど、そうはいかないのが現実だ。

おそらくフランスは、その「うまくいかない現実」を受け入れ、消化することに長けているのだと思う。ミスをしたり、相手のやることがうまく行ってトライを取られたり、試合に負けてしまったり。ひとつの試合、ひとつの大会にはいろいろなことがあるけれど、その出来事ひとつひとつを過剰に受け止めず、自分たちがやりたいことへ向かっていく。そのイメージを広げていく。その姿勢が、往々にして、誰もマネできないスーパーパフォーマンスに繋がる……。

生きていく上で、いいヒントをもらった気がする。ラグビーは、そしてワールドカップは、本当に人生の師だと思う。

雄鳥の帽子を被るフランス代表のサポーター。遠いNZの地まで多くのフランス人が来ていた(写真は日本戦)

雄鳥の帽子を被るフランス代表のサポーター。遠いNZの地まで多くのフランス人が来ていた(写真は日本戦)

 

大友信彦
(おおとものぶひこ)

1962年宮城県気仙沼市生まれ。気仙沼高校から早稲田大学第二文学部卒業。1985年からフリーランスのスポーツライターとして『Sports Graphic Number』(文藝春秋)で活動。’87年からは東京中日スポーツのラグビー記事も担当し、ラグビーマガジンなどにも執筆。

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