全国女子選手権3連覇をステップに、世界挑戦が幕をあける。
東京山九フェニックスの四宮洋平CEOはいたずらっぽく笑いながら言った。
「今度はヨーロッパです。フランスに5人送り込みますよ」
HO地蔵堂萌生、PR小坂海歩、LO門脇桃子、FL水谷咲良、増田結。
FW5人を、この2月から、フランスリーグ2部のペルピニャン(USAP)に派遣するというのだ。
海外選手の招聘
いつも海外挑戦のチャンスを探り続けてきた。
東京山九フェニックスの前身は、2002年に日体大OGが中心となって設立された「Phoenix」だ。クラブには多彩な人材が環流し、関東大会に2004、2005、2007年の3度優勝。その後、選手の減少に苦しむ時期もあったが、2012年に四宮氏がGMとして着任、東京フェニックスと改称してからは多くのステークホルダーを巻き込み、海外出身選手も多く招聘した。
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ニア・トリバー
太陽生命ウィメンズセブンズシリーズが始まった2014年から10年代の間は、海外からトップ選手を積極的に採用。2015年にパートナーシップ協定を結んだNZオークランド協会からはキリタプ・デマンド、タイシャ・イケタシオら、2018年にはスペインからパトリシア・ガルシア、ニュージーランドでワールドカップを制したセリカ・ウィニアタら代表級の選手が続々とやってきた。2022年には米国代表のニア・トリバーがトライの山を築き、初のシリーズ優勝を飾った。
同時に進めていた日本人選手の海外挑戦
同時に、日本人選手の海外挑戦も進めてきた。
2022年には古田真菜が女子版スーパーラグビーのオーストラリア大会「スーパーW」を戦うオーストラリアのブランビーズへ短期留学。
一昨年(2023年)3月にはNZの名門クラブ「グラマーテック」を招いて「フェニックスカップ」を開催。香港10sに単独チームで参戦すると同時に、LO佐藤優奈とPR柏木那月を、ウエスタン・フォースにフルシーズン派遣。佐藤は開幕戦で負傷し途中帰国となったが、柏木はフルシーズンを戦い抜いた。
昨年(2024年)にはチーム全体でオーストラリアへ遠征し、ウエスタン・フォース、NSWワラタスと対戦。フォースには24-19で勝利し、ワラタスには0-44で敗れた。柏木はそこからオーストラリアに残り、2年連続でフォースのシーズンを戦い抜いた。残りのメンバーは帰国後、香港10sに2年連続で参加し、ボウル優勝の成績を収めた。どれも、スーパーWへの本格参戦を実現させるため、実力だけでなく、意思を明確に発信するための遠征であり選手派遣だった。
2024年秋にはフォースが来日し、フェニックスのほか三重パールズ、横浜TKM、横河武蔵野アルテミ・スターズとも対戦。世界との戦いをライバルチームともシェアし、日本女子ラグビーのレベルが上がっていることをアピールした。
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2024年にはフォースが来日し、日本ツアーをおこなった
だが、参入の交渉は順調には進まなかった。女子に限らないが、スポーツ組織の財政は簡単ではない。海外から新規参入しようとするチームを迎える余裕はない(サンウルブズのことを覚えている人も多いだろう)。さらにワールドカップを控え、国内チームの環境を変えることには二の足を踏む空気もあった。
そこで四宮CEOが目を向けたのはヨーロッパ、フランスだった。歴史的に協会(地域協会含む)主導でリーグ再編、チーム編成が行われてきた南半球に比べ、欧州、特にフランスでは民間主導でリーグ編成が進み、クラブの裁量幅が大きい。フェニックスは、現在男子は1部、女子は2部に位置するペルピニャンとパートナーシップ協定を締結し、欧州進出の足場を築くことにした。
まずはフェニックスの選手を派遣し、キャリアを積ませると同時に女子チームの一部昇格を狙う。将来的には四宮CEO自身がチームのオーナーシップに参加し、フランスのラグビービジネスに参入することも視野に入れている。海外クラブとの連携に、選手の派遣や獲得だけでなく、ビジネスの視点も持ち込んでいるのが新鮮だ。
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四宮洋平CEO
四宮氏自身、もともと海外志向の塊だった。桐蔭学園から関東学院大に進み、1年でWTBとして大学選手権2度目の優勝に貢献すると、単身NZへ留学。それも、それまでの多くの選手が選んだように伝手をたどるのではなく、自らクラブを訪ね「ここでプレーしたい」と直談判し、プレー機会を掴み、人間関係を作っていくという独自の破天荒なスタイルでプレーのフィールドを広げた。
社会人のヤマハ発動機に進んだあとも、国内シーズンが終わると単身海外挑戦を繰り返し、南アフリカではスーパーラグビー優勝経験もある名門ブルズとも契約。さらに日本人選手が誰もプレーしていなかったイタリアリーグのローマでもプレーするなど、自ら道を切り開き続けてきた。その間、特にイタリアでプレーした時代に広がった人脈は、2012年にフェニックスのCEOとなってから多くのスポンサー、パートナー企業の獲得に大きく貢献した。
四宮氏が海外を目指した当時、日本ラグビーの世界での存在感は大きくなかった。だが同氏には、当時も今も、ラグビー後進国出身という遠慮や卑下は微塵もない。自分(たち)にはあなたの価値を高める力がある。ともに価値を高めていきましょう――という強いメッセージ力。それはフェニックスでも発揮され、2015年にNZオークランド協会とパートナーシップを締結。
2019年にチームのネーミングライツ・パートナーとなった(株)山九は、今では多くのフェニックス選手を職員として雇用する、スポンサーの枠に留まらないステークホルダーとなった。行動し、価値を創造したならそれを言語化し、周知を高めることでさらに価値を高める――リーグワンの各チームがようやく着手しはじめたことを、市場規模のまだまだ小さな女子ラグビーのフィールドから開拓していた。
「僕自身、関東学院大のとき、ヤマハのとき、わがままを言って海外へ行かせてもらえたから今がある。だから、選手を海外に行かせないという選択肢はあり得ないんです」と四宮CEOは言う。
四宮CEOがフェニックスに着任したのは2012年。女子セブンズの五輪種目採用を受け、各地に新たなチームが生まれ始め、それまでの活動していたクラブから多くの選手が移っていった。フェニックスは実働部員が3人まで減っていた。関東学院大の先輩後輩関係でつながりのあった鈴木実沙紀から相談を受けた四宮CEOは、GMとしてクラブ再建に着手した。
社団法人Tokyo Athletic Unitedを立ち上げ、選手を揃えるために他競技へ出向き、元バスケットボール選手の飯塚めぐみ、陸上投擲選手の日下望美、糸満みや、保立沙織を発掘。NZやシンガポールからも選手が加わった。度重なる海外挑戦で得た人脈からスポンサーを見つけた。
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増田結
ジャージーには、それまでラグビーとは縁遠かった企業やブランドのロゴが並んだが、資金繰りには苦しんだ。それでもクラブの活動し続けなければゼロになる。銀行の残高が減り続けても、私財を投げ売ってでもクラブを存続させた。ピンチは何度も訪れたが、度重なる海外挑戦で身につけた「何とかなる」の精神で自転車操業を続け、「このチームを世界一にする」と念じ続けた。
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倉持美知
太陽生命ウィメンズセブンズシリーズでは2015年の東京大会で初優勝。さらに千葉を拠点とする妹チーム、ペガサスを立ち上げ、2017-2018年の太陽生命シリーズは複数チームで参加。ペガサスからはサクラxvのSHとして世界で活躍する津久井萌や、今もフェニックスの主力を張る倉持美知や増田結が育った。
海外から加わる選手の多さ、チームカルチャーに惹かれて、選手たちが集まり始めた。2017年には石見智翠館を卒業した佐藤優奈が、2018年には同じく原わか花が、ともに慶應大学入学と同時に参加。2018年には追手門学院大を卒業した福島わさなが、アスリート採用で凸版印刷に入社と同時に加わった。
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福島わさな
四宮氏は外には見せなかったが、チームの台所はいつも火の車だった。だがギリギリのところで支援者が現れた。大手企業がスポンサーとしてテコ入れするチームが増える中、2019年にネーミングライツ契約を結んだ(株)山九は、契約締結から6年目に入り、今では多くの選手を社員として雇用し、ラグビーに打ち込む環境整備に大きく貢献している。そんな10年にわたる積み重ねがあって、フェニックスの全国女子選手権3連覇は達成された。
「これまではGMとか代表と名乗ってきましたが、日本一を3年続けることができたので、胸を張って『CEO』という肩書を使うことにしました」
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四宮洋平CEOの胴上げ
そして2025年。選手を派遣する先はフランスだけではない。すでにPR髙木恵はパールズの山中美緒とともにフォースへの入団が発表されているが、他に「PR岸本彩華がブランビーズへ、WTB大竹風美子もオーストラリアのクラブチームへ行くことが決まりました」と四宮CEO。フィールドを広げ、自身の能力を高め、チームへ持ち帰り、代表を目指すという共通の設計図がそこには確立している。
では逆に、海外からの選手獲得の予定はないのだろうか?
四宮CEOは「あまり考えていません」と話す。
「今はフェニックスの中の争いが激しくなっている。パリ五輪が終わって5人が15人制に挑戦しているけれど、みんな大変な思いをしています」
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西亜利沙
SO西亜利沙とFL水谷咲良については「早く順応しました」と四宮CEOは言う。
「特に西の成長ぶりはすごい。15人制のSOは天職かもしれない」
その一方で「アウトサイドバックスの3人は苦労していますね」
パリ後に15人制に合流したのは奥野(原)わか花、松田凜日、大竹風美子の3人。だがフェニックスには昨年の全国女子選手権決勝でも3トライをあげた野原(鹿尾)みなみ、まだ19歳でテストマッチ通算7トライをあげている松村美咲というサクラxv経験者、トライを取るスキルの高さが「小野澤宏時に通じるステップの持ち主」と四宮CEOが評する20歳の山本侑衣菜と実力者がひしめく激戦区だ。
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山本侑衣菜
松田凜日は日本代表でも経験のあるCTBの可能性もあるが、そこもチームの大黒柱で全国選手権MVPに輝いた古田真菜、古田とともにストップ・ウッドマン役を遂行しきった石田茉央、正確なプレースキッカーの黒川碧が争う激戦区。さらにユーティリティBKとしてサクラセブンズの中心選手に成長した岡元涼葉、石見智翠館高時代からユース日本代表の常連で四国大から加わった尾崎夏鈴、BKならどこでもOKの野澤友歩・友那のツインズ、そこに今春は関東学院六浦から、昨季のU18女子セブンズMVPの万能BKの山本梨月も加わる……まさしく、代表を担う才能がひしめいている。
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松田凛日
「「今は、日本選手の出場機会をアウトプットしていくのがフェニックスの使命」
「外国から選手を呼んできても、すぐにメンバーに入れる状況じゃない。それよりも、フェニックスを選んでくれた選手に、このチームで良い経験を積んで、代表に選ばれるような実力をつけてほしいんです」
苦い記憶もある。2022-2023年に在籍したアメリカ代表WTBニア・トリバーは、太陽生命ウィメンズセブンズシリーズでトライの山を築き、フェニックスを何度も勝利に導いてくれた。一昨季の全国女子選手権初優勝も、準決勝でのニアの劇的トライによるパールズ撃破から始まっていた。だがその一方で、選手の間にニア頼みの空気も生まれ始めていたことを四宮CEOは危惧していた。
「今は、日本選手の出場機会をアウトプットしていくのがフェニックスの使命だと思っています。ただ、今年のセブンズに関しては、15人制のワールドカップ準備と完全に被ってしまって選手が足りなくなるので、NZから来てもらおうと思っていますが」
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サバナ・ボッドマン
なおNo8のサバナ・ボッドマンはNZ生まれだが「大学(日本経済大)から日本に来ているし、本人も日本代表を目指す意思を持っている。日本人選手と同じ位置づけです」と四宮氏。
練習グラウンドは四宮CEOがアドバイザーを務めるリーグワンD2の清水建設江東ブルーシャークスとシェア(ブルーシャークスにはフェニックス佐藤優奈主将の弟である明大LO佐藤大地が今春加入する!)。コーチングやS&Cスタッフの育成・知見も共有している。とりわけS&C部門には同CEOが最も注力してきたという。
「ヘッドコーチとS&Cのバトルがよくありますよ(笑)。『この選手はまだフルコンタクトの練習はさせない』とか『まだ試合には出せない』とか。HCがトップとして全ての主導権を握るチームはリーグワンでも多いと思うけれど、フェニックスは違う。S&Cの領域が強い。女子は試合ができる体を作ることに時間をかけているし、セブンズでは選手のプレー時間を細かくプログラムして、決勝でベストのパフォーマンスを出せるようにしています」
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どれをとっても、日本の女子ラグビーの先端を走っているといっていいだろう。
クラブとしても、選手個々も、ともに世界を目指すことは、東京山九フェニックスの歴史を貫いてきたチームカルチャー。全国女子選手権3連覇をステップに、2025年は世界のあちこちでフェニックス・ガールズの挑戦が本格化しそうだ。
![]() (おおとものぶひこ) 1962年宮城県気仙沼市生まれ。気仙沼高校から早稲田大学第二文学部卒業。1985年からフリーランスのスポーツライターとして『Sports Graphic Number』(文藝春秋)で活動。’87年からは東京中日スポーツのラグビー記事も担当し、ラグビーマガジンなどにも執筆。 プロフィールページへ |