東北で育ったラグビー娘2人が世界に飛び出す。
東京山九フェニックスのPR柏木那月とLO佐藤優奈が今月、オーストラリアで行われるスーパーラグビーの女子版「スーパーW」のウエスタン・フォースへ参戦するのだ。
佐藤はLOとして昨年のワールドカップに出場するなどサクラフィフティーンで10キャップを持つ。柏木は今季の全国女子選手権決勝で2トライをあげ初優勝に大きく貢献した。
日本女子選手の海外挑戦は、近年増加している。コロナ禍の2020年に加藤幸子が英国エクセターへ、鈴木彩香が英国ワスプスへ、平野恵里子がスペインのセビージャへ。2021年には小林花奈子が加藤とともにエクセターへ、山本実が英国ウースターへ。そして2022年には古田真菜とラベマイまことがオーストラリアのブランビーズへチャレンジした。また、昨年までアザレアセブンに在籍していた草野可凜が今季、レベルズ入団を果たしている。
日本ラグビー女子の世界挑戦は珍しくなくなっている。だが今回は、日本側から売り込んだのではなく、海外チームからオファーを受けての渡航という点が画期的といえるかもしれない。
最初にオファー来たのは柏木那月。「スクラムは、好きですね」

柏木那月
今回の2人のチャレンジ。先にオファーを受けたのは柏木だった。
2月5日(日)、全国選手権の決勝のあとで、フォースの関係者からフェニックスの四宮監督を通じてオファーが届いたという。フォースのHCとはZOOMで面談。関東大会、全国選手権の映像で柏木のプレーを見て、コンタクト回数の多さ、ゲインラインを切っていることを高く評価したと言われたそうだ。
「今シーズンは15人制の大会をケガなくプレーできたことがよかったと思います。昨季は足首をケガしていて、パフォーマンスを見てもらう機会がなくて悔しい思いをしましたから。ワールドカップも、もちろん応援してましたけど、悔しい思いもありました。自分もこの場に立てていたら……と思いながら見ていました」

柏木は2019年から2020年にかけて、サクラ15候補の強化合宿に何度か参加していた。小学生のときにシーウェイブスジュニアでラグビーを始め、釜石商工では男子と一緒に練習。花園15人制には高2ではCTBで出場しトライもあげた。高3ではNo8で出場。武器はコンタクトの激しさ、パワフルな突破力と、プレー回数の多さ。日体大に進むと、大学1年で早くも全国女子選手権優勝メンバーに名を連ねた。

日体大では1年生からメンバー
学年のトップランナーのひとりだった。セブンズでは高校時代から地元・釜石の先輩の平野恵里子が在籍していた横浜TKMのゲストメンバーとして太陽生命ウィメンズシリーズに参戦。しかし、大学生になり、ウエートトレーニングを重ねるうち「体重が増えていって、15人制の身体になっていきましたね」。
ポジションは高校時代がCTBからNo8、大学に入るとNo8、FLから最後はHO、そして社会人となりフェニックスに入団するとPR1へ転向。そして社会人2年目の今季はPR3に再転向した。

「去年は身体の大きさが足りなかったと思います。今年はトレーニングもかなり細かい部位までメニューを組んでもらって、しっかり鍛えて身体を作りました。あとは食事ですね。母が岩手のおいしいものを送ってくれるので(笑)」
釜石出身の柏木だが、母の実家は同県内の遠野。「民話の里」「カッパの里」として知られる遠野だが、実はジンギスカンでも知られる。「おじいちゃんがお米を、お母さんがジンギスカンの肉をどっさり送ってくれるので、それをしっかり食べてます。1人暮らしですが、1キロぺろりと食べてます。遠野スペシャルです(笑)」

新しいポジション、PR3は「あっていると思う」と言う。「両肩を遣えるのが私には合っていると思います。昔のラグビーでは『3番はデカい人』というのがあったみたいですが、フェニックスは1番にデカいメグさん(髙木恵)が入って、3番は私が低く速く入って押していくスタイルです」
そして、こんなことまで言うのだ。
「スクラムは、好きですね、はまっちゃう(笑)。いくら話しても話し足りない感じです。今シーズンの関東大会は初戦がグレースが相手で、向こうもスクラムは得意で、自信になった部分も課題も見つかったんです。相手の腕の取り方とか、手の使い方とか。でも試合を重ねていく中で、自分のスクラムの形が掴めてきたと思います。アルテミスターズ戦でサチコ(加藤幸子)と組んだスクラムは印象深いです。組んだ瞬間、ズッシリと来ました。『これがジャパンのスクラムか、海外で経験を積んできたスクラムか』と思いました。そんなこともあって、私の中では海外でプレーしたいという思いが強くなっていました」
「キャリーができて、パスもできるNO8を探している・・・」佐藤優奈

佐藤優奈
佐藤優奈には、柏木のあとでオファーがきたそうだ。
「コーチのケン・ドブソンから電話がかかってきて、かけ直したら『オーストラリアのフォースが、キャリーができてパスもできるNo8を探しているんだけど、行きたいか?』と聞かれて『はい、行きたいです』と答えました。『じゃあビデオを送るから、自分のプレーの映像を集めといて』と言われて、急いで集めて、送ったら、それを見た向こうのコーチが『来て欲しい』と言ってくれたんです」
話は先方から舞い込んだものだったが、佐藤の場合も柏木同様、海外でのプレーは望んでいたものだった。

「ワールドカップが終わって『このまま国内でやっていていいのかな、限界があるんじゃないのかな、海外の選手と対戦できる環境に出て行かないと、この強度に慣れるのは難しいんじゃないかな…』と思って、(鈴木)実沙紀さんとかにも相談していたんです。ただ、代表の年間スケジュールも提示されて、このままだとチャンスはないのかな…と思っていた矢先でした」
ワールドカップではスピード感、体重の違いを痛感したが、試合を重ねるごとに慣れていき、自分のプレーを出せるようになった実感があった。このレベルを事前にもっと経験できていたら、最初から対等に戦えていたんじゃないか――そんな思いを抱きながら国内でプレーしていた。
フェニックスにはオークランドで半年プレーした鈴木実沙紀や、オーストラリアのブランビーズでプレーした古田真菜がいた。
「実沙紀さんには『チャンスがあったら(海外へ)行くべきだよ、戦い方もサイズ感も違うし、それを経験できたら新しい世界が見えるよ』と言われました。真奈さんも楽しかったこと、また行きたい、海外経験は大きかったということを聞きました」
癒やし系のベビーフェイスながら重量感あるプレースタイルで「ダイナソー」のニックネームを持つ佐藤は、相手を過剰に大きく見ない。

フェニックスには相談できる海外を経験したプレーヤーがいる
「スーパーWの映像は見ましたが、サイズ感はあるけど、プレーの精度とかは日本のチームも全然負けてない、互角に戦えるくらいかなと思いました。向こうへ行ったら受け身になるんじゃなく、自分の良さ、日本の良さを出して、教えられるだけでなく、こちらが持っているものを向こうで与えるような関係性を築けたらいいなと思っています」


自信の陰には、日本代表そして今季の関東大会と全国選手権での経験がある。日本代表でラインアウトリーダーを任され、ラインアウトのムーブやディフェンスの張り方をいろいろ考えるようになった。全国選手権決勝の日体大戦に向けては、チームでやってきたディフェンスに対して『こうしたほうが有効じゃない?』と提案。その結果が、関東大会王者の日体大を劇的逆転で破っての優勝だった。
公式戦で経験のないNo8としてオファーを受けたことも不安には思っていないという。
「高3の夏のコベルコではエイトで出る予定で練習していました。ケガをして大会には出られなかったんですが、ロックと重なる部分もあると思うし、私自身新しいチャレンジができるのがうれしい。ロックよりはちょっと器用なところが求められると思うけど、ネガティブにならず『自分はできる』と思ってチャレンジしたいです」
勤務先は柏木と同じ、チームのネーミングライツスポンサーでもある山九(株)。職場の皆さんに報告しに行くと、すでに情報が回っていて『那月だけでなく優奈も行くんだね、よかった!』と言ってもらったという。
「なっちゃんともずっと一緒でしたから」と佐藤は笑った。岩手県釜石市出身の柏木那月と宮城県古川市(現・大崎市)出身の佐藤優奈は同い年で、小学校を卒業するときに東日本大震災が発生。自身は直接の被害を免れても、ライフラインの寸断、液状化、物資不足などを経験した。だがそんな中で、東北ユースの女子練習会で、宮城の佐藤と岩手の柏木は出会い、一緒に頑張ろうね、と互いを励まし合う仲になった。

2011年11月、盛岡で行われた村田亙さんクリニックで、前列左から3人目が柏木、後列右端が佐藤。ともに中1。
「その頃、宮城県選抜は男の子ばかりで、行くのが嫌になりかけてた頃だったんです。でも、女子の東北ユースができて、なっちゃんとも出会えて、女子でラグビーを頑張っている子がこんなにいるんだ、と知って、頑張る気持ちになりました」
その二人が、同じチームで世界挑戦を始める。
出発前の柏木は「私は外国に出ること自体が初めてなんです。キャリーバッグに何を入れれば良いのかも分からなくて」と笑っていた。佐藤はすでに日本代表で何度も海外経験を積んでいたとあって「なっちゃんに『これ持って行くといいよ』とか教えていたんです。なっちゃんは頭から湯気でてたから(笑)。そしたら私も行くことになって、急いで準備しなくちゃいけなくなっちゃった」と、こちらも笑った。急なオファー。急な渡航。新しいチームへの合流――これも、インターナショナルではまま聞く話だ。男女を問わず何事も用意周到、計画的に準備することに慣れている日本の選手にとって、最も苦手な部分を、はからずも経験しているのが頼もしい。
国内では2月下旬にサクラ15のセレクションマッチが始まった。3月25-26日には太陽生命ウィメンズセブンズシリーズ昇格をかけたリージョナルセブンズが行われ、太陽生命ウィメンズセブンズシリーズは5月20-21日の熊谷大会から始まる。サクラセブンズはパリ五輪予選突破を目指し、ワールドシリーズを転戦、今季は2大会で8強入りするなど着実に力を伸ばしている。レフリーでも桑井亜乃さんがパリ五輪を、神村英理さんが次回ワールドカップを視野に入れ国際経験を重ねている。日本ラグビーウィメンの挑戦が、国内でも国外でも続いている。
オーストラリアから、ワクワクするニュースが届く日も遠くなさそうだ。
![]() (おおとものぶひこ) 1962年宮城県気仙沼市生まれ。気仙沼高校から早稲田大学第二文学部卒業。1985年からフリーランスのスポーツライターとして『Sports Graphic Number』(文藝春秋)で活動。’87年からは東京中日スポーツのラグビー記事も担当し、ラグビーマガジンなどにも執筆。 プロフィールページへ |