坊主頭がトレードマークのスクラムハーフ(SH)がトップリーグの舞台に戻ってきた。11月30日(土)、埼玉・熊谷ラグビー場で2ndステージの開幕戦、ヤマハ発動機ジュビロ対パナソニックワイルドナイツの注目の一戦が行われた。
ヤマハ発動機の控えメンバーには、大学時代からその身体能力と突破力で日本代表入りを果たした矢富勇毅(28)が名を連ねた。後半15分、昨年の9月15日のトップリーグ第3節以来、矢富がピッチに入り、20-24と惜しくもチームの勝利に貢献できなかったが、今シーズンの公式戦で初めて試合出場を果たした。
2度に渡る手術、そして復帰へ
「15ヶ月ぶりの公式戦でした。長かったですね」。試合後、矢富は開口一番、こう言った。そして少し神妙な面持ちとなり「いろんな思いがありましたが、あえて自分の中にとどめました。チームの2ndステージの勝利に結びつけなかったので悔しい思いが強い」と噛みしめるように続けた。
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2007年W杯のオーストラリア戦でラックで指示をするSH矢富
高校時代は身体能力の高さでBKならどのポジションでもプレーし、早大時代から清宮克幸監督のアドバイスもありSH専門となり中心選手として活躍。そして大学在学中の2006年に初キャップを獲得し、2007年のワールドカップ(W杯)のオーストラリア戦とフィジー戦にも出場を果たした。
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初キャップはライバル田中よりも早かった
その後もヤマハ発動機の中核選手としてプレーし、一昨年シーズンから大学時代の恩師でもある清宮克幸氏がチームの監督に就任後も、元日本代表選手らしい活躍ぶりを見せていた。
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オーストラリア相手に、持ち前の突破力を見せる矢富
だが一昨年シーズン途中の11月に右膝を手術するほどの大ケガをしてしまう。さらにケガから復帰した昨シーズンも9月の第3節に、今度は左膝の前十字靱帯を断裂し、シーズンをほぼ棒に振ってしまった。「過去の2シーズン、良すぎたという感触があっただけにケガをしてしまったのは残念でした」(矢富)
復帰に向けて順調に回復し、7月末に北海道の網走で会ったときには「もうチームの全体練習に参加しています!」と声を弾ませていた。だが8月、トヨタ自動車との練習試合に途中から出場を果たしたものの、左膝に違和感があり、再び同じ箇所にメスを入れることを決断する。
「痛いし、膝がよく曲がらない。最後には腫れも出てきた。これじゃ、プレーはできるけど、シーズン途中でまたアウトしちゃう。チームのスタッフとも話して(トップリーグ)1stステージはあきらめて、2ndステージの開幕戦に合わせようと思いました」(矢富)
遠征にいって、ジャージーをもらうという普通の事が新鮮だった
その2ndステージの開幕戦、相手は1stステージでは13-13と引き分けていた強豪パナソニックだった。7対18で負けていた後半15分、ついに矢富はピッチに駆け出した。
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突破力だけでなく、パスさばきも上達している
「チームはグラウンドを広く使っているし、復帰にあたって(SHの)原点であるパスを見直しました」という通りSHらしい見事なパスさばきを見せる。と同時に、27分、らしいフォローからFLモセ・トゥイアリのトライをアシスト。「後半から出場すると思っていました。勝っているのであれば、その流れをつぶさずチームを落ち着かせて、負けていたら少しでも流れを変えてと描いていました。少しは自分の持ち味を出せたと思います!」(矢富)
あらためて、久しぶりにピッチに立った瞬間の気持ちを聞いてみると、「試合入ったときには、気持ちをリセットできていました」という。
実は、試合開始2時間前のジャージー渡しのときに「(選手やスタッフに)感謝の気持ちを言おうといろいろと考えてきたんですが、ジャージーを受け取ったときに、15ヶ月分の思いで涙が出てきちゃって、記憶がとんじゃいました。泣いているしかっこわるいと思いましたが、言葉で表すことができなかったです。遠征に行って、ジャージーをもらってという普通なことが新鮮で、この歳(28歳)で『こんなんやったんや』と感じられただけですごく成長につながります。一日一日の大切さがわかりました」としみじみと語った。
衰えることのない、ラグビーへの情熱
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再び、日本代表に入り、W杯のピッチに立つことができるか?
もちろん、矢富のラグビーに対する情熱はまだまだ衰えていない。
復帰戦でもマッチアップした中学校時代からのライバルでのSH田中が、昨シーズン、日本人で初めてスーパーラグビーのピッチに立ったことを目の当たりにし「ずっと大学時代から(スーパーラグビーでのプレーを)思い続けてきました。まだあきらめていません。日本で結果を出してできるならやってみたい。(田中と)立場を逆転させたい」。2007年に出場したW杯に対しても「まだまだチャンスあると思います。今年の結果次第だと思う」と2015年W杯を視野に入れている。
大学時代の恩師である清宮監督が就任し、チームが成長している過去2年については「すごく歯がゆかった。チームの勢いに乗っていけば成長できたはず。田中(史朗)はパナソニックが強くなって、いっしょに成長していた。この2年間、損しているという思いもありましたが、逆に良い経験ができたとポジティブにとらえています」と振り返った。
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復帰戦では田中ともマッチアップ。「中学時代から一緒にラグビーをしている矢富とプレーできて嬉しかった」(田中)
そんな清宮監督からは、パナソニック戦のメンバー発表の時に「お帰り」と一言あった。「それだけで十分、心に染みました。もともと、そんなに優しい言葉を掛けてくれる人ではないですが、この一言に愛情がありました。15ヶ月が報われました」(矢富)
試合後、矢富のパフォーマンスについて清宮監督が「まだ50%くらい。最後のペナルティーも本来の彼ならクイックタップして抜けていって逆転トライでしょう」と言っていたことを本人に伝えると、「そういった考えも頭をよぎりました。前ならいっていたでしょうね(笑)。15ヶ月のブランクです。これも一つの経験ですが、試合に出られて反省できるのはすごく楽しいです!」とはにかんだ。
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フィジー代表のウォークライ「シンビ」に対して、気合いを入れる矢富
最後に矢富はこう述べた。「走る感覚はまた100%ではない。逆に言えば、今のコンディションで、今日くらいできた。ゲームをこなしながら、焦らず、自分の置かれている立場を理解して、仕事をやっていくことが一番です。ゲームをこなしながらパフォーマンスを上げていけば、いい結果が出るかな。そしてシーズンの最後に9番として(先発で)試合に出場し、笑えたらいいな」
頼りがいのある「ムンディアリスタ」(W杯経験者)が、トップリーグ初優勝を狙うジュビロに帰ってきた。チームのタイトル奪取に貢献することこそが、ライバル田中に迫り、そして再びジャパン入りへの近道となるはずだ。
![]() スポーツライター。1975年4月27日生まれ、千葉県柏市育ち。印刷会社の営業を経て独立。サッカーやラグビー等フットボールを中心に執筆する。現在はタグラグビーを少しプレー。過去にトップリーグ2チームのWEBサイトの執筆を担当する。リーグワン、日本代表を中心に取材。 プロフィールページへ |