8日、東京サントリーサンゴリアス、SH流大選手が今シーズン限りでの現役引退を発表。8日の公開練習後にクラブハウスで取材に応じた。
東京サントリーサンゴリアス SH流大

流大
今回、中村亮土さんと一緒に今シーズン限りの現役引退を発表させていただきました。このタイミングで発表させていただいたのは、ファンのみなさんに(今シーズン)少しでも見てほしいなという気持ちから発表させていただきました。
23年のワールドカップが終わってから、2シーズンくらいで現役を終えようかなとに思っていましたけど、昨シーズン、(現役を)終えようかなと思っていましたが、(サンゴリアスのGMの)田中澄憲さんに「今が一番いいプレーができているから、もう1シーズンやってくれよ」というふうに言っていただいて、もう1シーズンだけしっかりと覚悟を持ってやり切りますと、なりました。
ぼんやりと、2023年が終わるあたりくらいには、このくらいで辞めようと思っていました。理由はいくつかあるんですけど、自分のキャリアを次のステップに進めるためと、あとはサンゴリアスに長くいて、いい意味でも悪い意味でも影響力を持っていることわかっています。本気の意味で、チームを引っ張っていく選手が出てきてほしいなという思いもあって、引退を決意しました。

――引退後、何をやるか決めていますか?
現時点ではなかなか言うことは難しいんですけど、シーズンが終わったくらいには、皆さんにも報告できるように調整していきたいと思っています。ただ、やりたいことは決まっていますので、楽しみにしていただきたいと思います。皆さん想像していることだと思います(苦笑)。

――客観的に見てまだプレーできるのでは?未練はないのか?
本当に言われたとおり、(ラグビーを)やろうと思ったらまだ全然できますし、体の状態も今シーズンのプレシーズンのフィットネステストも過去一番のスコアを出して、自分のプレーにも手応えを感じています。去年からまだまだ成長できている実感もありますし、まだまだできると思います。だだ、僕は、いろんなところでも言わせてもらったこともあるんですけど、自分の人生というのは、自分の決断で自分で前に進めていきたいという考えがあって、このタイミングで自分のキャリアを次に進めようという思いで決断しました。
――なせ、このタイミング、年齢で引退を決意したのか
いろいろと考えたんですけど、今が僕の中でベストのタイミングだなと思って、今後、その新しい夢に向かってスタートする際に、この時期がいいんじゃないかと思いました。
――今回、引退を決断するにあたって、誰か相談されたりしたんですか?
全部自分で決めました。相談して決めたとかっていうのではなくて、もちろん田中キヨさんには話をさせてもらう機会は作らせてもらいましたけど、自分がすべて決めました。
――中村亮土さんと引退発表が一緒のタイミングになったのは偶然?
偶然です。この時期にやめようと、そんな話は一切してないです。

――中村選手と帝京大学から一緒にやってきて同じタイミングで引退します
いやー、感慨深いですよね。本当に帝京からサントリーに入ってもずっと一緒で、日本代表でもずっと同じ部屋で、いろんなことをやってきた。お世話になった部分はすごく多いので、何かの縁かなと思います。

2019年ラグビーワールドカップ・ロシア戦
――日本代表、そしてサントリーで印象に残る試合は?
日本代表の試合はやっぱり一つは2019年の開幕戦のロシア代表戦ですかね、ずっと夢だった瞬間というのは今でも忘れられない。あと最後の2023年ワールドカップ、出られなかったですがアルゼンチン代表戦。(齋藤)直人があれだけのプレーをしてくれたというのはすごく印象に残っているし、自分が出られなかった悔しさもあり、チームが負けた悔しさもあり、(自分の)日本代表(のキャリア)もここで終わると決めていましたので、一つの区切りというか、終わったなという瞬間でした。

2017年日本選手権優勝
サントリーでは優勝した試合も印象に残っていますが、個人的には神戸に大敗した決勝、僕がキャプテン3年目の決勝がすごく印象に残っています。あのシーズンで初めて日本代表とサンウルブズ、サンゴリアスというサイクルで1シーズンプレーして、自分のパフォーマンスもなかなか上がらなくて、それでキャプテンをするという難しさをすごく感じたシーズンだった。パフォーマンスでチームを引っ張ることができなかったという、すごく悔いの残るシーズンで、決勝も僕自身のパフォーマンスが良くなかったので、今でも覚えています。

――サンゴリアス一筋でここまでやってきた理由は
一つは、本当に幼い頃、ラグビーを始めたときから好きなチームがサントリーで、両親に初めて買ってもらったジャージもサンゴリアスのジャージです。白基調で、臙脂とか入っているジャージ、それを自主練とかでも着させていただいた。すごく昔から憧れのチームだったというのと、2回、優勝させてもらいましたけど、その後、優勝から遠ざかっていて、最後、必ずもう1回ここで優勝して、あの喜びを味わいたいという思いで、ずっとサントリーと決めてました。
移籍したり、海外に行くっていうオプションももちろん視野にはあったんですけど、やっぱりここでやり残したことに対する未練の方が大きかったので、ここでやりきろうというふうに決めました。

――最後のシーズンはどんなシーズンにしたいか
もちろん最後のシーズンというのは自分が決めたことなので、周りには関係ないことなんですけど、今まで通りやることは変わらなくて。一試合、一試合、チームのためにやり切って全力でプレーすることと、自分のパフォーマンスでチームを勝たせること、それをグラウンドに見せてほしいなと思います。
――こういったラグビー人生を送ると学生の頃は想像できていましたか?
高校時代に、本気で日本代表を目指すということを決めて、高校の恩師がそれを必ずできるというふうに言ってくれて、そこからは自分は必ずこれを達成するというふうに物事を決めて進めてきた。うまくいくことばかりではなかったですけど、自分が思い描いたラグビー人生は送れているかなと思います。

――強豪校出身ではないですが、サントリー、日本代表でプレーする選手になった。子どもたちにも良い影響を与えているのでは?
田舎の小さい町からでも本当に頑張れば大きい舞台でプレーできるということ、自分の努力次第でどこまででもいけるということは伝えられたと思います。僕が一つプレーしている理由にも、やっぱり子どもたちに憧れられる存在になるというのと、(子どもたちに)日本代表やサンゴリアスでプレーしてほしいという思いを持って、自分もプレーしているので、このシーズンも最後になりますけど、少しでもそういう子どもたちが増えてくれたら嬉しく思います。
――サントリーや日本代表でリーダーシップを発揮できた理由は
数多くの指導者にで出会ったことが僕のリーダーシップができた理由だと思っていて、高校の先生から「小さいことを大事にすることが一番大事」ということを教えていただいた。(帝京大の)岩出先生には大きな組織の中でどうやって組織としてチームを強くするかというところを学んで、(サントリー時代に)沢木さんからはパフォーマンスというのが一番のキャプテンシーだと教わった。(日本代表指揮官だった)ジェイミー(・ジョセフ)からもチームビルディングの大切さや、オフ・ザ・フィールドでの過ごし方の大切さを教えていただいた。数多くの指導者やコーチがいて僕のリーダーシップができたと思います。
――現在、サンゴリアスでは新たなリーダーが育ちにくくなっていると感じているのか?
何か僕がチームで発言すると、やっぱり影響力が自分でも大きいと思っていて、ただそれによって周りがそれを正解にしてしまうような空気感が何シーズンか続いていた。だから自分から「リーダーを外してください」というふうに言ったこともあります。やっぱりサンゴリアスはこれからも続いていかないといけない、強くあり続けないといけないこのチームを本気で強くしたい、引っ張っていきたいという思いがある選手いるとは思うんですけど、その選手たちが実際にリーダーシップを取る機会を作っていきたい、というのも(引退した)理由の一つです。

齋藤直人、流大
――引退を発表してフランスにいるSH齋藤直人と連絡したのか
(齋藤)直人には事前に今シーズンで辞めると言っていました。この間、(日本代表の)ツアーが終わった後、帰国していたので、その時もご飯に行って喋りました。引退を発表した日ですかね、連絡もらって、改めて(齋藤選手)「本当だったんだね」みたいなことを言ってきたので「そうだよ」と。また機会があれば一緒に話せる機会とか食事をいく機会を作りたいなと思っています。
――齋藤選手に引退を言ったときには
「本当に?」みたいな感じで、「全然できるんじゃないですか」みたいな感じではありました。
――改めて引退を発表してみて、ご自身の中に心境の変化とか、試合に臨む上での変化は?
ないです。やること変わらないので。ただ、とんでもない量の連絡が来たので、やっぱり、それほど応援してくれてる人は多かったのだな、と。皆さんからも「まだまだできるんじゃない?」という声もかなりいただいた。ただやっぱり自分のことなので、自分が決めたことなので、最後やり切る、それに尽きると思います。
――来年のワールドカップでも見たかったという声もありますが……
嬉しい言葉ではあるんですけど、自分が決めたことですので、自分が決めた道を突き進むというのが僕の中での考え、ポリシーであるので、本当にこのサンゴリアスでのプレーを最後に見ていただくしかないので、ここで全力を注ぐ、それに尽きると思います。
――地元・府中のファンに向けてメッセージを。
若い時からずっと応援していただいていますし、府中というのはラグビーの街で、東芝とサントリーの2チームもあって、すごく街中でラグビーを盛り上げてくれる空気感がありますので、本当に感謝しています。優勝しから遠ざかっていますけれども、去年、一昨年と東芝さんが優勝してパレードをやられましたけれども、最後にサントリーでやりたいなと思って、そのために頑張りたいと思います。
――どう過ごせば流選手のようなスクラムハーフになれるのか?
一つは、ラグビーをいっぱい見ることです。今は見るツールもたくさんありますので、子どもたちがお母さん、お父さんにお願いして、自分のお小遣いを使ってでも、ラグビーを見る環境を整えるというのがまず大事だと思います。今でも僕は、週で7試合から8試合は、自分たちの試合以外にも見ますし、そうやって引き出しを多く持つことがすごく大事だと思います。
あとは、チームメートとの関係性ですね。コミュニケーションを取って、自分がどういうプレーをしたいのか、チームメートがどういうプレーが強みなのか、どうすれば彼らが生きるのかというのを常に考えることで、視野の広いプレーができる。1週間の中で練習があって、その映像を見て、ただ自分の中でそれを消化するだけではなくて、グラウンドに来たとき、または家で見たらその場で電話をしたりLINEをしたりして、「このシーンはこういうふうにしてほしい」というようなコミュニケーションを取るというのが僕のやり方で、1週間の試合に向けての過ごし方ではある。そういう練習を頑張るのはもちろんですが、練習以外の取り組みというのもパフォーマンスを上げる上では絶対大事だと思います。
――高校時代を過ごした熊本への思いは?4月には熊本でも試合があります
本当に今の自分があるのは、熊本での高校3年間が全ての基礎になっていますので、こうやって最後の年に熊本で試合できるというのはすごく僕にとっても意味のあるものだと思っています。サンゴリアスのホームゲームですし、いろんな取り組みもありますので、僕がここまでやってきた自分のラグビー人生の全てをかけてプレーしたいと思っていますし、お世話になった方や地元の友達や家族、友人たちも、先生方もたくさん見に来てもらえるので、感謝の気持ちを持って全力でプレーする。
また、相手はスピアーズなので、前回大敗して不甲斐ない試合をしていますので、今度はリベンジしたいと思います。
――高校時代に経験したことで、今に生きていることは?
高校時代は、徳井先生に、本当に「小さいことを大事にしろ」と言われた。人が見えないところや、人が気づかないところに気づける人間になるというのをすごく教えていただいたので、そこはすごく今でも意識していることです。当時は、周りはラグビー経験者がほとんどいない中でのスタートだったので、その選手たちがどうやったら生きるのかというのをすごく考えた3年間だった。ラグビーをやったことがないけど、足が速かったり、体が強い選手も多かったので、彼らをどうやって生かすかというのを常に考えた3年間ではあったので、その辺がすごく(今にも)生きていると思います。

――日本代表の桜のジャージーの重さは?
僕が日本代表を子どものころ見ていたように、子どもが絶対に憧れたり、ここ(日本代表)に立ちたいと思える存在になることが僕は、使命だと思っています。僕自身も、高校の時ですかね、2019年にワールドカップが日本で開催されると決まって、それだけのために毎日、毎日頑張って、大学生活を送って、サントリーに入ってもそこだけをターゲットに頑張っていました。子どもたちの勇気でありたい、そういう場所だと思います。
――今後、日本代表にどういったスクラムハーフが生まれてほしいか
何ですかね……。やっぱり、嫌われることも必要というか、恐れない選手が出てこないとダメだと思っています。チームに対して必要なことを言ったり、言いにくいことを言わないとチームは強くならない。そういうとき結構、孤独になることはあるんですが、それがスクラムハーフの責任でもあって、田中フミさんなんか結構、嫌われていたので(苦笑)、だから僕は尊敬していますし、チームが勝つためだったらとんでもないこと言っていた。
僕も言い方は考えていましたけど、チームに必要なこと、スタンダードっていうのは日本代表でもサントリーでも変えることなく、周りがどう思ってもチームが強くなるために必要であれば言う、そういう存在になるっていうのを決めていました。今の日本代表の選手たちがどうなのかは知らないですけど、直人、福田健太、藤原忍くんなんかもやっているかもしれないんですが、チームが強くなるためであれば、エディー(・ジョーンズHC)さんとの喧嘩も恐れないような、そんな選手が出てきてもいいんじゃないかなとは思っています。

