男子セブンズ日本代表候補・ヘンリーブラッキン「NZ、豪、そして日本―経験値を勝利へ」 | ラグビージャパン365

男子セブンズ日本代表候補・ヘンリーブラッキン「NZ、豪、そして日本―経験値を勝利へ」

2021/03/03

文●編集部


1日、大分(日田)合宿中の男子7人制日本代表候補、ヘンリー ブラッキン(NTTコム)がオンライン取材に応じた。自身のライフストーリーから帰化することを決めた背景、東京五輪への思いなど話した。


メインフォーカスは「ディフェンス」にシフトしている

みなさん、こんにちは、ヘンリー ブラッキンです(日本語で)。今のコンディションはかなりい。ケガもないし(大分)日田の合宿もいい状態で迎えられていて、チームの状態もいいです。


――大会がなかなかないが、現在のチームの状況はどう受けとめていますか?


個人的には2019年の終わりからチームに参加して、もうすぐ1年半が経とうとしますが、今の状況は大会も海外遠征もいけないので難しい状況です。コロナ禍でもコーチ、選手がなるべくオリンピックをシュミレーションしながらやっています。この合宿は月曜日に2試合、火曜日2試合とオリンピックシュミレーションを取ってやっている。

海外のチームとの対戦ができないが、オーストラリア、ニュージーランドも国内でやれることをやっていると思います。チームは自分が合流したときから成長していて、メインフォーカスはディフェンスにシフトしています。コンタクトエリア、よりフィジカルにディフェンスするというところで成長し、お互いによりキャラクターを知ることができるようになっていると思います。


――ニュージーランド(NZ)生まれ、オーストラリア体育大、そしてプロフェッショナルラグビーの道へ。それから日本に来ました。カラウリア・ヘンリーという名前から今の名前になったなど、今までのライフストーリーをお願いします。


NZで生まれてオーストリアに移ったが、その理由はラグビーリーグでプレーするためでした。シャークスで3シーズンプレーしたことがきっかけでした。成長の機会がなかったのでラグビーユニオンへの転向に決めました。シドニーでプレーし、オーストラリアのセブンズに選ばれて、ワラターズで2シーズンプレーできたが、1年目は背中のケガがあって試合に出られなかった。2年目、自分のマネージャーが日本のチームにアプローチしてくれて、2012年にNTTコムに入るために来日しました。名前はカラウリアとヘンリーは父と母のラストネームを名乗って、日本人となるとき、父のラストネームだけとった。

オーストラリアセブンズチームメンバーだったとき、ブランビーズに登録していて、自分でも出場するとはおもわなかったが、幸か不幸か、ケガ人が出て最後の方で、自分も出場する機会があった。2010年の終わりに2試合ほど出ました。

――日本国籍を取得した経緯は?


2019年の終わりに日本国籍を取得しました。自分が最初に来日したのは2012年でかれこれ9年で、6ヶ月になる長男と妻と3人で来日した。長男がずっと日本で暮らしていて日本を故郷と思っていて、もう3人も子どもがいる、彼らも日本を故郷と思っていて、日本の学校に普通に通っている。妻も日本を気に入っているので、日本人にならない理由は逆にない、日本人になろうと思いました。

――オーストラリア代表、そして日本代表になるのはどういう思い?


最初、帰化しようと思ったのは家族の面ですが、それだけではなく、ラグビーの面でも大きかった。日本国籍を取得し、トップリーグでも日本人として捉えられたいと思っていた。現在は、セブンズ代表の経歴があるので日本人選手としては見なされていないが、資格のルールでオリンピックに出て、トップリーグでも日本人としてみなされることができることがモチベーションとして大きい。

オリンピックが来てみないとわからないが、日本人としてプレーできること、オリンピックという最大の舞台でプレーできることが大きなモチベーションとなり、2つ目の国に心が動いた。


――3カ国でプレーしてきたことがメリットになるか?


ニュージーランド、オーストラリアでプレーしたことは恵まれていたと思います。そこで経験したラグビーは大きかった。その経験を持って来日して新しくブレンドができた。NTTコムでは、コミュニケーションの幅が広がった。今年で33歳になるが、若手に、経験に基づいた知見を共有したいし、他の選手から学びたいと思っています。坂井(克行)選手から学んでいますし、若手にいろんなことを伝えられたらなと思います。


――クライストチャーチ出身です。東日本大震災、クライストチャーチの地震から10年になります。


クライストチャーチの地震が起きたときはシドニーにいて、家族はクライストチャーチに住んでいて、とても怖かったし心配した。家族や友人が無事で嬉しかったことを覚えています。東北の地震が起きた翌年に来日したが、試合で釜石で訪れたとき、被害状況が生々しく残っていて、津波の高さが、残っている建物からわかったし、流木や崩れかけた壁で被害状況がわかってショックだった。日本、NZ、どちらの被災地も素晴らしい復興を遂げていると思う。今回のオリンピックでは両国の人が、より誇りに思うように、自分たちのプレーで勇気づけられたらなと思います。

――現在、チームではどのポジションをしているのか? オリンピックではどんなプレーをしたいか?


大部分はCTBだが、10番やWTBをやることもあり、BK全般でプレーしています。オリンピックではタフな場面でもお互い助け合って、アタック、ディフェンスで、みんなが信じ合えるゲームをしたい。



ヘンリーブラッキン
1988年7月31日NZ生まれ・ワラターズ(AUS)、オーストラリア7人制代表。2012年からNTTコミュニケーションズシャイニングアークスに加入。

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