男子7人制日本代表候補・野口宜裕の現在地「代表に選ばれれば生涯セブンズで」 | ラグビージャパン365

男子7人制日本代表候補・野口宜裕の現在地「代表に選ばれれば生涯セブンズで」

2021/02/11

文●編集部


2月11日、男子セブンズ第三次オリンピックスコッド別府合宿に参加している野口宜裕(セコムラガッツ・専修大学)がオンライン取材に対応した。8日から実施されている別府合宿の状況や、セブンズに対する思い、そしてオリンピックスコッドへの思いを話した。

――専修大学の時からセブンズに特化してきました。セブンズに対してどのような思い入れがありますか?


僕が初めてセブンズが好きだと思ったのは、高校3年生の春、大阪府のセブンズの全国大会の予選大会。初めて面白いと思いました。ステップを踏んで、相手を抜き去る快感がとても魅力的だったのが最初です。そのときはセブンズの日本代表があるのは知らなかったです。専修大学に入って(監督の)村田亙さんに会って、村田さんの推薦もあって(日本代表に)入れてもらいました。村田さんと出会わなければ、好きで続けなかった。村田さんと出会ったのが今までやってこられたきっかけです。

大学3年時、最初に日本代表(の練習生といて)に呼んでもらったとき、とても身になる経験でした。そしてセブンズを優先したいと言ったら、村田監督に(日本代表に)呼ばれたら優先していいよと言われた。大学、高校は無名で、桜のジャージーは夢のようだった。専修大学時代、公式戦は1試合、練習試合は3試合くらいしか出ていない。大学のチームでは15人制ですが、ジャパンに呼ばれたときは優先させてもらっていた。


――日本代表に入ったとき、ご両親とかチームメイトの反応は?


両親に言ったときはびっくりして喜んでもらった。高校時代の友人もびっくりした感じでした。

――将来もセブンズに専念したいのでしょうか?


高校は大阪の付属の早稲田摂陵で、どうしても早稲田大学のラグビー部に入りたいという思いが芽生えた。ラグビーばっかりやって、浪人して早稲田に行こうと思っていたが、自分の意志も弱くて(合格できなかった)。(2浪後)、専修大学に入ったときはラグビーをやろうと思っていなかったのですが、村田さんが監督をやっていたので、もしかしたらセブンズの代表になれるのではと、体育会のラグビー部に入ろうと思った。

オリンピックに向けて頑張っていますが、高校からセブンズが好きだという気持ちがずっとありました。セブンズをやらせて感謝していますし、オリンピックという大きな舞台にむけて挑戦させてもらうのは幸せだと思います。(日本代表に)呼んでもらえるなら、生涯、セブンズをやりたいと勝手に思っています。

大学4年生秋の公式戦から15人制の試合には出ていません。セコムでは(15人制ラグビーでは)アタック&ディフェンスは1回出ました。


――2年間浪人したとき、不安に思わなかったのでしょうか?


(浪人時代)2年間、まったく(ラグビーを)やっていなかったので、ガリガリでラグビー選手という体ではなかった。高校時代80kgだったが、大学に入学に入ったときは57kgでした。(入っても)2年間、ケガばかりでした。村田監督の下であれば、日本代表にもしかしたら1%くらい入る可能性あるのではないかと、バカな期待をしてやっていた。不安はなくてやるだけやってみようという気持ちでやっていた。

7人制も(他の選手は)エリートばっかりで、下の選手もテレビで見ていた選手ばっかりです。何の経歴もない選手も桜のジャージーを着ることができる、僕みたいな選手でもセブンズの日本代表になれると子どもたちに与えられたなと思います。


――ワールドシリーズで、でどういった点が伸びたと思いますか? また五輪に向けてどこを強化したいですか?


足りない部分は恥ずかしい話しですが、身体能力もあれですが、基本的には全部足らないがここぞというときの勝負強さ、トライを取り切れたときもありました。1日3試合で疲労が溜まった中で、自分の能力を発揮できた部分も多々あったので、その辺は通用できたかなと思います。

足らない部分は経験、知識。足の速さ、フィジカル部分も世界と差があるので埋めていかないといかない。足の速さ、世界に比べたら速くないですし、チーム的にも速さのトレーニングをしているのでまだまだ伸ばせるのかなと思います。

大学生のときから南アフリカのロスコ・スペックマン(が憧れです)。自分に取り切る能力は桁違いにすごいが周りも生かせる。(僕も)自分も生きるし味方も使える選手になりたい。

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