2025年1月18日「えどりく」ことスピアーズえどりくフィールド(江戸川区陸上競技場)で行われた第11回全国女子ラグビー選手権準決勝、東京山九フェニックスvs九州・ながと合同の一戦は「松田凜日」の能力を改めて多くの人の頭に刻みつける80分だった。
証明した能力はひとつやふたつではなかった。
前半6分。相手キックを捕った東京山九フェニックスFBの松田凜日は、相手の陣形を見てキックを蹴り返す。ボールは相手BKの背後で弾み、トライラインまでほんの5mほどのところでタッチラインの外に転がり出た。鮮やかな「50:22キック」。フェニックスはこのラインアウトを起点に相手ゴール前でアタックを重ね、9分にPR柏木那月が先制トライをあげる。

前半9分、PR柏木那月のトライでフェニックスが先制
11分にはディフェンスで魅せた。九州・ながと合同がフェニックス陣内に攻め込んでボールを動かす。22mラインを超えたところで相手BKが右サイドへアタック、WTB東あかりがボールを持つ。そこに立ちはだかったのが松田凜日だ。松田は冷静に間合いを詰め、タッチラインを味方に相手を抱え込み、何もさせずにタッチへ押し出してしまう。

松田凛日が東あかりをタッチライン外へ押し出す
東と松田は日体大の同期生。互いのプレーは熟知した仲のはずだが、このとき東からは松田が巨大な壁のように見えていたに違いない。
次はパスだ。
前半17分。相手陣に攻め込んだフェニックスは、左22m線のラインアウトから右へ展開。逆サイドから走り込んだWTB奥野(旧姓・原)わか花からパスを受けた松田凜日は、垂直にコースを建て直して相手タックラーに正対。

松田凛日オフロード
まっすぐ走ってタックルさせると、右を走るWTB野原(旧姓・鹿尾)みなみへオフロードのラストパスを送る。DFにスライドを許さず、WTBの走る幅を確保した上で、タックルを受けても体幹は一切ぶれることなく、オフロードパスは併走する野原の胸元へと完璧な軌道を描いて送られた。野原の仕事は受け取ったボールをただトライラインへ置くだけだった。
圧巻は30分だ。自陣22m線付近で相手キックを捕った松田凜日は、迫り来る相手ディフェンスから逃げるかのように右へ左へ、少し動いたと思うと突如としてスイッチオン。向かってくる相手ディフェンスの隙間を急加速で突破すると、そのままさらに加速。ボールを持った両手を左右に動かしながらステップを踏んで、正面にいたタックラーを横に転がし、抜き去り、およそ70mを独走するスーパートライを決めるのだ。

松田凛日のブレイク


「最初は蹴り返そうかな…と考えていたけど、キャリーしてもいいかな? と思ったところで『左!』という声が聞こえて、そっちへパスしようかと思ったら、前のスペースが空いたのが見えたので、行きました。あとは身体が動いた感じです」
大きなステップを切ったわけではない。走るコースもほぼ直線だ……ふと思い出した言葉がある。
「いいステッパーが走ったコースは、あとから見るとまっすぐなんです。自分では曲がらないで、タックラーが左右に転がっている」
かつて平尾誠二さんに聞いた言葉だ。ステップを「切るぞ」と相手に思わせて、左右に空振りさせる――ミスターラグビーと呼ばれたレジェンドが語っていた極意の片鱗を、23歳のリンカがフィールドで実現してみせた気がした(お父さんの努さんはちょっとタイプが違う、スピードで外に振り切るWTBタイプだった……その走りを41歳まで続けたのが驚きだが……)
リンカはプレーの選択については「事前に7割くらいは決めている」という。
「あとは相手DFの状況、自分がエッジにいるときは相手が向かってくる様子を見たりして、判断しています」
事前に自らのプレーのイメージを描いておいた上で、目の前の状況を重ね合わせて瞬時に決断。あとは身体の反応に任せる――その結果が豪快なトライにつながったようだ。
ともあれ、50:22キックを蹴り、冷静に相手の動きを見切ったディフェンスで止め、待ち受ける相手タックラーに自ら当たり、ぶれることなくパスを送り、さらには70mの豪快な独走。松田凜日は、ラグビーで(BKプレーヤーに)求められるおよそあらゆる要素を兼ね備えていることを、試合開始からの30分間ですべて証明してみせた。
「相手は社会人の方も多いチームなので、フィジカル面では互角になる場面もあった。そこは上回っていかないといけないし、それ以外の部分でも優っていかないといけない」
松田凜日が15人制の舞台にやってくるのは2度目だ。最初は東京五輪への夢が敗れた2021年秋から2022年にかけて。関東大会に日体大で出場した凜日は2022年5月のフィジー戦にWTBで出場して15人制初キャップを得ると、8月のアイルランド戦では父・努さんと同じ背番号15をつけて2トライ。10月にNZで開かれたワールドカップでも3試合すべてにFBで出場した。

松田凛日
ワールドカップが終わるとセブンズへ戻り、2024年パリ五輪に出場。サクラセブンズの五輪最高順位更新・9位に貢献すると、再び15人制に戻ってきた。ターゲットは今年8月に迫った15人制のワールドカップだ。
前回と今回で、準備の仕方に何か違いはあるのだろうか。たとえば体重は? そう聞くと凜日は答えた。
「増やしていません。無理に増やすよりも走りやすい」
7人制と15人制では求められる身体も異なる。7と15の両方で男子日本代表のエースを張った大畑大介さんは常々「セブンズのときは15のときよりも体重を3-4㌔落とします」と話していた。凜日も前回の15人制転向時は体重を増やしたほうがいいとアドバイスを受け、体重増を意識したという。だが、体重を増やした間隔は凜日にとってしっくりこなかったようだ。
「自分にはスピードのほうがより大事かな、と感じています。体重を増やすことよりも、スピードを活かしていきたい」
凜日はその結論を、自分自身で考えたのだという。その結果が、1月19日のえどりくで見せた、スペシャルなパフォーマンスだったのだ。
準決勝を戦っていた80分の中でも成長しつづけた23歳は、決勝までの2週間にも成長するに違いない。
2月2日の決勝では、どこまでスケールアップしたパフォーマンスをみせてくれるだろう。楽しみしかない。
![]() (おおとものぶひこ) 1962年宮城県気仙沼市生まれ。気仙沼高校から早稲田大学第二文学部卒業。1985年からフリーランスのスポーツライターとして『Sports Graphic Number』(文藝春秋)で活動。’87年からは東京中日スポーツのラグビー記事も担当し、ラグビーマガジンなどにも執筆。 プロフィールページへ |